166:愛の言葉を誓う
貴族の結婚式は、ガーデンウェディングが多い。それでもこんな広場での挙式を見るのは、初めてだった。でも村のシンボルである噴水の前で、愛の言葉を誓うというのは、なかなか迫力があっていい。
二人がキスをした瞬間は、魔法を使った村人がいたのだろう。
噴水の水がドルフィンの姿となり、水しぶきと虹が沢山でき、もう大賑わいだった。
拍手がひとしきり終わり、新婦がブーケトスをするらしいと伝わってきた時。
時刻はまさに正午で、教会の鐘も高らかに鳴っている。
太陽は真上にあるのだから。影は足元に丸く広がっているはずなのに……。
まるで広場全体に、巨大な鍋で蓋をしたかのように、突然暗くなった。
太陽が雲におおわれ、陽射しが遮られたのか……そう思ったが。
「ロゼノワールの獣だ!」
村人の叫び声が聞こえ、次の瞬間。
声の方角から、ロゼ色の輝きと黒い靄が、高速で迫ってきている。
悲鳴を上げる村人が、逃げ惑う。
「魔法騎士は、王太子さまを転移させよ」
レオナルドが叫び、魔法騎士が王太子に駆け寄る。
「ミゲル、王太子さまの護衛に。共に転移を」
的確な指示の元、アルベルトは魔法騎士と共に姿を消し、ミゲルももう一人の魔法騎士と共に姿を消す。
「狙いは花嫁だ! 誰か助けてくれ!」
村長の悲痛な声が聞こえた。
「ルイス、矢を、マルクス、槍を」
「了解した、魔術師様」
「任せろ、魔術師さま」
ルイスが矢を弓につがえ、マルクスも槍を構える。
レオナルドが私を胸に抱き寄せ、迫りくるロゼノワールの獣を見つめた。私もその姿を見ようとするが、動きも早く、ロゼ色の光と闇にしか見えない。村人も様々な魔法を使っている。水、炎、光、風を操る魔法から、物を投げてぶつけるなど様々だが、どれもかすることすらない。
「いまだ、マルクス!」とレオナルドが叫ぶ。
「おうよ!」と応じたマルクスが槍を投げる。
「聖なる水よ、神の名の元に」とレオナルドが詠唱する。
マルクスの聖槍は、光のような速度でロゼノワールの獣に向かっていく。その聖槍を回転する水が包み込んでいる。レオナルドがマルクスの聖槍に聖水をまとわせた。
ロゼノワールの獣がゴーストの類であれば、たとえ魔法が通らなくても、聖水により消失するはずだ。
マルクスの聖槍が命中した!
ものすごい咆哮が聞こえる。
だが。
ロゼノワールの獣の前進は、止まらない。
するとレオナルドが、私から離れた。
「ルイス!」
レオナルドの叫びに、ルイスが矢を放つと。
「深淵なる夜の闇」
「え」と思わずレオナルドを見ると、その紺碧の瞳が闇に沈んでいる。
彼が「闇の魔法」を使うのを初めて見た。
光に反する闇の魔法は、「呪い」にも通じる魔法で、通常の魔法使いは使わない。魔力の消費は莫大、発動には、痛みも伴うという。
「!」
再びの咆哮と共に、ロゼノワールの獣の速度が落ちた。
マルクスの聖槍の時と同じように。
ルイスの矢に、闇の魔法をまとわせた。
そしてそれは、効果があったということだ。
「ルイス!」
ルイスと連携したレオナルドが再び、ロゼノワールの獣に向け、矢と闇の魔法を使った攻撃を行った。
速度が落ちているロゼノワールの獣に再び、矢が命中し、咆哮が起きるが、もう新婦は獣の目の前だった。だがマルクスが駆け付け、槍で牽制している。
「ルイス!」
再びルイスが矢を弓につがえたその時。
ロゼノワールの獣が、まるで遠吠えのような鳴き声をあげると、銀色の光が目くらましのように一面に満ちた。
眩しいのだが、とても清々しく感じる。
「まさか……」
レオナルドが目を抑え、体がぐらりと揺れる。
「レオナルド!?」
その体を支えると、目を閉じた状態で、レオナルドが叫ぶ。
「マルクス、新婦は!?」
「さらわれた! すまない、魔術師様。今から追う」
「追えるか!?」
「俺の視力を見くびらないでほしい」
「よし。追ってくれ。誰か、馬の手配を頼む」
「かしこまりました、魔術師レオナルド様」
新郎と村長の叫び声、馬を手配するために声をかけあう村人、ロゼノワールの獣が逃げた方角を告げる村人の声で、騒然となる。
「レオナルド、目は、目はどうしたの!?」
「闇の魔法を行使している最中に、聖なる力にも匹敵する力を、ロゼノワールの獣が使った。一時的に目が見えない状態だが、問題ない。今、急速に回復させているから」
「私が回復の魔法を使います!」
「いや、かなり魔力を消費するから」
「やります! やらせてください!」
「パトリシア……」
レオナルドの目に手をかざし、魔法を詠唱する。
アルベルトは仕方ない。王太子なのだから。
彼の身に何かあっては、大変。
二人の魔法騎士とミゲルと共に退避したのは、当然だ。
でも私は。
多くの村人が、魔法でロゼノワールの獣に立ち向かったのに。
ただ見ているだけだった。
戦うことは……私にはできない。
でも回復の魔法なら、私でもできる……!
「魔術師レオナルド様、馬の準備ができました!」
「ありがとう」
返事をしたレオナルドが、私の両手を掴んだ。
「もう、大丈夫だよ。パトリシア、ありがとう」
「レオナルド……」
ゆっくり瞼が開き、そこには、あの紺碧の美しい瞳が見えた。
安堵した瞬間。
体が鉛のように、重たく感じた。
お読みいただき、ありがとうございました!
【次回予告】
10月15日(日)12時半頃
『その優雅さと冷静さの裏で』
騎士のように跪いたレオナルドが
私を抱き寄せ、顎を持ち上げる。



























































