165:別人
昨晩の雨の痕跡はもう村にはなかった。
聞けば残っていた水溜まりも魔法でみんな片づけてしまったという。
今、広場は美しく飾られている。
紅葉、木の実、秋の草花。
バルーン、リボン、ガレシア王国の国旗、王旗。
それはもう結婚式というより、フェスティバルのようにも思える。
「あ!」
三騎士と共に現れたアルベルトは、昨晩の夢でも見た毛皮のついた蒼いマントを羽織っている。背には王家の紋章。私がアルベルトに反応したことに、レオナルドは気づいている。でも彼は優美な笑みを浮かべ、アルベルトに声をかける。
「こんにちは、王太子さま。昨晩はゆっくりお休みになれましたか?」
「こんにちは、魔術師レオナルド、パトリシア。ええ、昨晩はぐっすり眠れましたよ。ニルスの村ではハーブの生産が盛んで、ラベンダーの香油を昨日たいたところ……。ぐっすり眠ることができました。雨風は強かったようですが、それも気にならず」
快活に笑うアルベルトは、夢の中の彼とは別人。
当たり前だ。
あの夢の中のアルベルトは、魔法で作られた彼なのだから。
ディナーの席ではつい、昔話をして、過去の気持ちがよみがえったかもしれない。でももう、あの頃には戻れないと、アルベルトも分かっている。
「そうだ、魔術師レオナルド、先般、話していた件ですが」
レオナルドとアルベルトが会話を始める。
色はいつも通りだが、儀礼用の装飾が多い軍服にマントの三騎士は……剣の騎士ミゲルが二人を見守り、弓の騎士ルイスが周囲を警戒する。槍の騎士マルクスが私に声をかけた。
「ここに来るとな、パトリシア様が番の件で悩んでいたことを思い出すな」
「! ここでマルクスは番に関する本を手に入れたのよね」
「そう。あそこのブックストアな」
まるで雑貨屋のような可愛らしいお店が見えている。本もあんな風にディスプレイすると、実にオシャレに見えた。
「お二人は、王都から来られたのですか?」
不意に話しかけられ、私は普通に驚き、マルクスは一瞬顔を引きつらせた。
「はい、王都より参りました」
「初めまして、わたしは森のはずれに住むリオンと申します」
「初めまして、私は魔術師レオナルドの妻のパトリシアと申します」
「お噂はお聞きしています。……美しきマダム」
リオンと名乗った青年は私のことを「美しきマダム」と言ってくれたが、彼の方がとても美しい。
目を引くのはその瞳。ピンクトルマリンのような淡いピンク色をしている。髪は赤毛だが、瞳の色を反映したような淡いピンク色に近い色味だ。パールピンクのシャツに合わせたベージュの礼服、チョコレート色のタイと革靴も、実に洗練されている。さらに上衣の胸ポケットに飾られた薔薇が、見たことのない色合いでとても美しい。
どう見ても貴族……公爵家ぐらいの人間に見えるが、これで村人とは。
「これは、私の屋敷の庭に咲いた秋薔薇です。秋薔薇と言えば、色が濃いものが多いですよね。でもこれを見てください」
リオンはあの胸元の薔薇を手に取った。
「……まるでリオン様の瞳のような、淡く透明感のある色合いですね」
「瞳の色……そうですね。言われてみると、確かに私の瞳の色と似ているかもしれない。パトリシア様のドレス、美しい薔薇が飾られていますが、髪は……よろしかったらこの薔薇を、飾ってください」
「え、よろしいのですか?」
リオンは私の耳の上に髪をかけながら、そこに薔薇を飾ってくれる。しかも魔法を詠唱すると……。
薔薇は、リボンの髪飾りへと変わっている。
「すごいわ」
「パトリシア」
レオナルドの声に、後ろを振り返る。
「レオナルド、見て。これ、いただいたの」と髪留めを示し、そしてリオンの方を見ると。そこに彼の姿はない。
「マルクス、リオンさんは?」
「パトリシア様が魔術師様に声をかけている間に、行っちまったよ。そろそろ結婚式も始まるから、自分の席に向かったと思うが……。完全にあいつ、パトリシア様しか見ていなかったな。俺のことは眼中にない、という感じだ。それに声をかけられた時。一切、気配を感じなかった。魔法で気配でも消していたのかな」
「それでは間もなく挙式となりますので、用意されている席へ、着席してください」
司祭が大声を張り上げている。
村人は50名足らず、アットホームな雰囲気にあふれていた。
「パトリシア、その髪飾りを村人に、プレゼントされたのかい?」
レオナルドが私に近づき、髪飾りに触れた。
一瞬、レオナルドの目が大きく見開く。
「どうかしましたか?」
「……これはとても強い魔力だね。さすがニルスの村というべきか。村人同士での婚姻が多いというから、その分、魔力が強い者も多いのだろうけど……」
「魔術師様、パトリシア様、アルベルト王太子様が手を振っていらっしゃる。席へ参りましょう」
マルクスに促され、レオナルドは私をエスコートして歩き出す。
「パトリシア、この髪飾りをくれたのは、どんな人だった?」
私はピンクトルマリンのような瞳のリオンについて、説明をする。
「なるほど……」
レオナルドは移動しながら、着席を始める村人たちを見ている。
きっとリオンの姿を探しているのだろう。
「見つけたらお礼を言わないとね。そんなに素敵な髪飾りをプレゼントしてくれたのなら」
優雅にレオナルドが微笑み、席に到着した。
お読みいただき、ありがとうございました!
【次回予告】
10月14日(土)21時
『愛の言葉を誓う』
村のシンボルである噴水の前で
愛の言葉を誓うというのは
なかなか迫力があっていい。
10月15日(日)12時半頃
『その優雅さと冷静さの裏で』
騎士のように跪いたレオナルドが
私を抱き寄せ、顎を持ち上げる。
それではまた来週、物語をお楽しみください!



























































