164:心身共に満たされ
結婚式に参列する日の朝に、アズレークとこんな時間を過ごすことになるなんて。私としては想定外だった。でも誰かの魔法が作用したとはいえ、彼以外の人物に、よりにもよってアルベルトに名前を呼ばれ、うっかり心を許そうとしたのだ。アズレークの魔法……婚約指輪がなければ、何が起きていたのか? それは不明だが、とても恐ろしいことだ。
昨晩はレオナルドからたっぷり溺愛されていたのに。しかもアルベルトに対し、レオナルドが嫉妬していると分かっていたのに。
それでもふらふらしてしまった自分の心が許せなかった。
「パトリシア、魔法が作用していたのだから、そこまで落ち込まなくていい。私も今回の件に関して、パトリシアを責めるつもりはない」
ロレンソの時にあれだけ嫉妬したアズレークが、こんな風に言ってくれたことは、なんというか逆効果で。申し訳ない気持ちと、二度とアルベルトに対し、心がふらっとすることを回避したいと思った結果……。
いつもの逆。
「パトリシア、今日はもう」
私を落ち着かせようとするアズレークを制し、私から何度も求めてしまった。
アズレークからすると、番である私に求められ、拒むなんてありえないわけで。困ったという表情は一瞬で、その後は私の希望以上に応えてくれる。
結局、二度寝をすることなく、日が昇り、起きる時間になった。
でもアズレークの魔法で体の疲れはなく、心身共に満たされた。
つまり二人ともすこぶる顔色がよく、メイドは「あの嵐のような雨でしたが、お二人が熟睡できたようで安心しました」と笑顔で朝食を運んでくれたが。実際のところ、睡眠はほとんどとらずに愛を確かめ合っていたわけで……。
私はもう顔が真っ赤になるが、すでにアズレークからレオナルドの姿になった彼は「そうだね。今朝はすがすがしい目覚めだったよ」と優雅にほほ笑み、メイドはその笑みにため息をもらす。
「鍵があると分かったから、もうパトリシアに手を出さないと思うが……。用心はしておくから、結婚式にはちゃんと参列しよう」
焼き立てのパンにバターを塗りながら、レオナルドに言われ、そこはもう「はい」と返事をするしかない。
「ちなみにレオナルドは、犯人が何者なのか、目星がついていたりするのですか?」
「残念だけどパトリシア、今分かっていることは『薔薇の香り。鍵。窓を開ける。』だけなんだよ。いくつかの推測は立っているけれど、それはまだ話せるほどのことではないからね」
レオナルドを以てしてもそうなのね……。
いや、それはそうだろう。
その魔力の強さゆえに。
魔法でなんでもできることから、王宮付きの魔術師レオナルドに対し、「彼だったらなんでもできる」と考えてしまうし、実際そうなのだけど。
魔術師として類まれな魔力を持ち、魔法を操る一方で、武術についても秀でている。政治の場でも国王陛下や宰相を支え、行動力もあり、有言実行。
でもだからといって探偵でも警察でもない。私に魔法をかけようとしたのが何者かなんて、わずかなヒントだけで分からなくても仕方ないだろう。
「パトリシア、今回の件は君だけの責任ではない。同じ部屋に僕もいたのだからね。その点については……。申し訳なく思うよ。気にしない……それは無理だろうね。でもこれから結婚式に参列するから。パトリシアが笑顔でいてくれると嬉しいかな」
「レオナルド……」
昨晩からレオナルドは存分にS的な気質を発揮していたのに。今は間違いなく優しさ満点のレオナルドに癒された。アルベルトに気持ちが揺れた点は、アズレークにより心身共に満たされ、もう問題なかった。だが私に魔法を使おうとした何者かについて気になっていたが、今の言葉ですっきりした。
朝食を終えると、この後の結婚式に向け、ドレスに着替えることに。
レオナルドの髪色であるアイスブルーのドレスは、ウエストにリボンの代わりで大ぶりの碧い薔薇が飾られている。これは立体的で光沢のあるシルクサテンでできており、とても美しい。スカート部分には煌めくグリッターが散りばめられ、裾は繊細なデザインのレース。華やかであり、格調ある素敵なドレスだ。
一方のレオナルドはロイヤルブルーの軍服にアイスブルーのローブを身に着けているのだが、その留め具がとても美しい。ホワイトゴールドで草花を表現しているのだが、細部まで表現されており、まるでレースのよう。
「レオナルド、このローブの留め具はどうしたのですか? 初めて見たのですが、とても美しいです……」
「これは昔、国王陛下から褒賞で賜ったものなんだよ。なんでもとても希少なもので、ニルスの村の結婚式に参列した際、手に入れたものらしい。せっかくニルスの村に来たからね。つけて見ることにしたよ」
どうやら国王陛下は王太子時代にニルスの村の結婚式に参加していたようだ。
「では結婚式へ向かおうか」
レオナルドにエスコートされ、会場となる村の広場へ向かった。
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【次回予告】
10月8日(日)12時半頃
『別人』
ディナーの席ではつい、昔話をして、
過去の気持ちがよみがえったかもしれない。
でももう、あの頃には戻れないと
アルベルトも分かっている。



























































