163:悪者だと思います
私の左手の薬指に輝く碧い宝石――ブルーダイヤモンドは、アズレークが贈ってくれた婚約指輪だ。この指輪に彼の魔法がかかっているの……?
「眠りの香のような魔法は無理だが、直接パトリシアに魔法をかけようとすると、その指輪に込めた私の魔法が発動する。厳密には、私以外の者がパトリシアに魔法をかけようとすると、それを跳ね返す魔法が発動する仕組みだ」
「……! そんなことができるのですね」
「王太子にかけられたカロリーナの呪いを軽減するのに使った魔法と、大差はない」
サラリとアズレークは言っているけれど……。
魔法を扱える私だから分かる。
とんでもない魔法をアズレークは使っていると。
「窓を開ける。これは暗喩だろう。パトリシアに魔法を使った何者かは、自身を受け入れることをパトリシアに求めたのだろう」
受け入れる? 受け入れるってどいうことかしら!?
「王太子が登場したのは……知っていたのだろうな。かつて彼の婚約者の座を巡り、カロリーナとパトリシアが火花を散らしていたことは、この国では有名だ。それにカロリーナが逮捕された一件で、ニュースペーパーは大騒ぎだ。王太子を使えば、パトリシアを揺さぶることができると思ったのだろう」
「でも私は王太子さまをふったのですよ? アズレークと結ばれたこともまた、有名では?」
するとアズレークは、フッと笑みを漏らす。
「パトリシアに使いたい魔法は、きっと正統な魔法ではないのだろう。本人の意思を曲げさせるような魔法。そういった魔法は、簡単にかけることはできない。例えば誰かを害するような魔法を受け入れさせるには、まず本人の意思に反することを受容させ、心のガードを下げさせる。その上で、誰かを害することを受け入れさせることになるが……」
つまり私はアズレークの番なのに、アルベルトに心を許す。そこで私の心のガードは下がっている。その上で何か別の魔法を私にかけようとしたのね。
「!」
アズレークが私の髪をゆっくり撫でた。
心臓がトクンと反応してしまう。
「だが、そんな二段階の魔法を使うのは、骨が折れる。だから人を害させようとする時は、魔法ではなく、呪いを使う。魔法は基本的に善性に基づく。呪いは悪性だ。よって負の行動に使うなら呪い。正の行動に使うなら魔法だ」
「そ、そうなのですね。……私、魔法の基本を学んでいないので、知りませんでした」
「知らずとも魔法は使えるから、知らない者も多いと思う。今回の件で言えることは、パトリシアに魔法を使おうとした者は、その骨が折れ、魔力を相当使うことを厭わないということだ。それだけ強い魔力の持ち主。もしくはとんでもなく善性が強い。あるいは魔力も善性も強い者。楽して使える呪いは使わず、魔法を使おうとするのだから」
このアズレークの言葉に、私は首を傾げることになる。
「どれだけ魔力が必要で、手の込んだ魔法を使うのであろうと、私に一方的に魔法を使おうとしているのは、善性とは違いますよね? つまりその相手は、悪者だと思います」
するとアズレークは、楽しそうに笑った。
「王太子が、パトリシアをなかなか忘れてくれないのも、納得だ。そんな風に自分の考えで、相手をバッサリ切れるなんて。しかも王太子相手にそれをできるのは、パトリシアぐらいだろう」
「そ、それは……」
「それにパトリシアに魔法を使おうとした者は、ロレンソみたいなものだろう。元々は善性が強い。でもやむなくパトリシアに力を使う必要が生じた。呪いを使えば簡単だ。でもそれはその者の善性が許さない。よって魔法で対処しようとした……という可能性もあるということだ」
そいうことなのね。それなら納得だわ。
でもロレンソみたいな相手って……。
彼のような特殊な知り合い、他にいない。
「だが王太子がいくらパトリシアを気に入っていようとも。パトリシアは私の番だ。誰にも渡すつもりはない」
魔法をかけようとした相手と、アルベルトは無関係だと思った。
たまたま私の心のガードを緩める相手として、アルベルトが選ばれてしまっただけで……。
でも昨晩、アルベルトと私の心の距離は……少し近かったかもしれない。
うん、そうね。
レオナルドの姿の時、散々、嫉妬している様子を見せていたわ。
アズレークはアルベルトに……あっ!
アズレークの唇が重なり、私の心は喜びで震える。
私だってアズレーク以外と、どうかなることなんて考えていない。
「アズレーク……」
その首に腕を絡め、彼の顔を胸に強く抱き寄せ……。
お読みいただき、ありがとうございました!
【次回予告】
10月7日(土)21時
『心身共に満たされ』
「パトリシア、今日はもう」
私を落ち着かせようとするアズレークを制し
私から何度も求めてしまった。
10月8日(日)12時半頃
『別人』
ディナーの席ではつい、昔話をして、
過去の気持ちがよみがえったかもしれない。
でももう、あの頃には戻れないと
アルベルトも分かっている。
アルベルトがパトリシアに再会した時のエピソードを、読み直したくなりますね~。
それではまた来週、物語をお楽しみください!



























































