162:アズレーク、私……
ハッとして目が覚め、アズレークの黒曜石のような美しい瞳と目があった。
心臓が不規則に反応しており、思わず吸ってはいての呼吸を何度も繰り返してしまう。
「大丈夫か、パトリシア?」
アズレークは真剣な表情で私を見下ろしている。
自分の繰り返す激しい呼吸以外の物音が聞こえない。
アズレークの肩越しに見える天井は、さっきまでとは一転、うっすらと明るい。
雨音もしなければ、強風で何かが揺れているような音もしない。当然だが、雷鳴の音もしていなかった。夜が白み始めていた。
しばらく呼吸を繰り返すと、なんとか不規則だった心臓が落ち着いてくる。呼吸も心臓も通常に戻ったが、体はなんだか重たい。
「アズレーク、私……」
「パトリシアは眠っていた。けれど悪夢を見ていたのだろう。とても苦しそうにしていた。何度も呼び掛けたが目を覚まさない。だから魔法を使い、強引に目覚めさせた」
夢……。
それはそうなのだろう。
そうではなければ説明がつかない。
夢にしては、とてもリアルだった気がするけれど……。
「パトリシア」
心地よいテノールのアズレークの声。
「すまないことをした。すぐに魔法を使えばよかったな」
私の頬を優しく包むアズレークに、胸がキュンとしてしまう。
やはり私は彼の番だ。
夢の中とはいえ、アルベルトに呼ばれ、言われるままに窓を開けようとしたことを、強く後悔する。
「パトリシア、顔色が悪いな。……それにうなされている間、ずっと呼吸が乱れていた。魔力の補充と回復の魔法をかけよう」
回復の魔法のおかげで、体の重たい感じがなくなった。次に魔力の補充。
もうずっと。
魔力の補充はキスをしながらが当たり前だった。
それなのに今。
アズレークはプラサナスの時のように。
唇に触れることなく、魔力のみを送り、私を抱きしめていた。
魔力を送られたのだ。
当然、私の体は熱くなり、通常状態に戻った心臓も、ドクドクドクと鼓動していた。
「……アズレーク、どうして……?」
「回復の魔法を使い、体の疲れはとれただろう。でも悪夢を見たんだ。心は疲れているはず。まだ夜が明け始めたばかり。起きるには早い。眠るといい、パトリシア」
アズレークは……私のことを気遣ってくれたのね。
その優しさに涙が出そうになる。
「アズレーク、ごめんなさい。そんな風に私を思ってくれているのに。私は……間違った夢を見てしまったわ」
どんな悪夢を見たのか。
包み隠さず話すと……。
「薔薇の香り。鍵。窓を開ける。……パトリシア、ネグリジェはいつ着たんだ?」
「え……」
ネグリジェを着たのは夢の中だと思った。
でも今、改めて確認すると、ネグリジェを着ている。
「パトリシア。話を聞くに、途中までは現実だ。ネグリジェを着たところまでは現実だろう。でも薔薇の香り。それはおそらく眠りの香のようなものが、使われたのだと思う。つまりは魔法が使われた。薔薇の香りを吸い込んで以降が、夢なのだろう」
これには驚きだった。
アズレーク……レオナルドはこの屋敷に魔法をかけているはずでは……? それを尋ねると。
「魔法による物理的な攻撃には、対処できる。でも香りを制御するのは難しい。この部屋を真空にするわけにはいかないからな。空気と一緒に薔薇の香り……魔法を紛れ込ませるようなことをされては……」
なるほど。それは確かにそうだわ。
「そして鍵。それは私がパトリシアにかけている魔法だと思う」
「私に魔法がかかっているのですか?」
「厳密にはその指輪だ」
指輪。
それはアズレークが私に贈ってくれた婚約指輪のことだ。とても希少なブルーダイヤモンドが埋め込まれている。



























































