161:焦がれるような顔
レースのカーテンしか引いていなかった。
雷鳴の輝きで目が覚めたようだ。
雨は今も降り続いている。
目が覚めると雨音と雷鳴が耳にハッキリ聞こえた。
隣で眠るレオナルドの顔が、雷鳴の瞬間に浮かび上がる。
アズレークに比べ、本当に端正な顔立ちをしていた。
目の覚めるようなアイスブルーのサラサラの髪は、この暗さの中でも、少しの明かりで輝いて見える。眉毛は優雅なアーチを描き、睫毛は長く美しい。
シルクのような肌をしており、この暗闇では陶器のように見える。
結局。
アズレークの姿に戻るのかと思ったら。
入浴を終えても、彼はレオナルドの姿のままだった。
「パトリシア、こちらへおいで」と私にベッドに呼ぶと「今日は王太子さまと、とても楽しそうに話していたね」と実に秀麗な笑みを浮かべる。
その瞬間。
番の本能でレオナルドは、私が自分以外の男性と親しく楽しく話していることに、嫉妬していると気づいた。でも、もう遅い。
「パトリシア、君は誰の番であるか、まさか忘れたわけではないよね」
もうその一言の後は……。
あっという間に逆鱗を抑える魔法は解除され、22時まで。
レオナルドは、自身の気質を存分に生かした溺愛を披露してくれた。
その後、私はもうへとへとだったが、レオナルドは魔法を使い、体を清め、逆鱗の反応を抑えてくれた。ちゃんと魔力を回復した後、私を寝かせてくれたのは、ここが王都の自身の屋敷ではないからだろう。何よりロゼノワールの獣という謎の生物の言い伝えもあるから……。
そうなると、こんな姿ではダメよね。
いざという時に逃げられないわ。
床に落ちているネグリジェを拾い、身に着けた時だった。
部屋の中に甘い薔薇の香りを感じた。
「パトリシア」
優しく澄んだレオナルドの声ではなかった。
耳に心地よいアズレークの声でもない。
この甘い声は……アルベルト?
「パトリシア」
アルベルトだわ。
声が聞こえる方を見ると、雷鳴が轟き、窓にシルエットが浮かび上がった。
心臓が止まりそうになり、咄嗟のことに声が出ない。
「パトリシア」
レースのカーテン越し、窓の向こうに、アルベルトの姿が見えた。
外はまだ雨が降っている。
激しい雨音が聞こえていた。
雷鳴だってまだ響いているのに。
どうして?
もう22時は過ぎているだろうに。
「パトリシア」
それにどうしてそんなに甘い声で、私の名前を呼ぶの……?
久々にアルベルトに会い、昔話をした。
懐かしさからだろうか。
彼は一瞬、私に切ない感情を見せた。
レオナルドと私の幸せを願うと言っていたのに。
「パトリシア」
繰り返し名前を呼ばれる度に、体が窓の方へと引き寄せられる。
チラリとレオナルドを見るが、瞼は閉じられ、微動だにしない。
おかしい。
アルベルトの声はハッキリ聞こえている。
しかも何度も私を呼んでいるのだ。
レオナルドが気付かないわけがない。
「……!」
レースのカーテンと窓の向こう側に、アルベルトの姿が見えた。
輝くようなシルバーブロンドの髪。
大海を思わせる碧い瞳。
毛皮のついたこの蒼いマントは、確かプラサナスの地で再会した時に着ていたものでは?
アルベルトがその手で、窓にそっと触れた。
とても焦がれるような顔をしている。
心臓がトクトクと反応してしまう。
彼のこの表情は……。
プラサナス城で、聖女のフリをしていた私の正体がバレた時。
彼は自身の気持ちを私に伝えてくれた。
その時も、こんな顔をしていた気がする。
その切なく悲しくもある表情を見てしまった私は、自然と窓に触れていた。
まるでアルベルトの指先に自身の指を合わせるように。
すると。
窓の向こうのアルベルトが、その場を照らすような明るい笑顔になった。
素敵な笑顔。
本当に子どもの頃は。
よくこんな笑顔をアルベルトは見せてくれていた。
でも私がカロリーナと競い合うようになると、その笑顔はなくなってしまい……。
声は聞こえなかったのに。
その口の動きで分かってしまう。
――そこから出てきて。こっちへ来てほしい。パトリシア。
アルベルトがそう私に呼び掛けている。
外は激しい雨が相変わらず降っている。
強風だって吹いているし、雷も鳴っていた。
それなのにアルベルトは、髪も濡れていなければ、毛皮のついたマントも濡れていなかった。
おかしい。
頭の片隅で、この状況はおかしいと認識しているのに。
――君のことを待っている。パトリシア。そこから出ておいで。
「……アルベルト」
口が思考に反し、彼の名を呼んでいる。
聞こえたのだろうか。
アルベルトが再び笑顔になる。
――パトリシア。おいで。
窓に触れていたアルベルトの手が、窓のドアハンドルへ移動した。まるでその動きに合わせるように、私もドアハンドルを掴んでいる。
――そう、いい子だ。パトリシア。それを開けるんだ。
アルベルトが優しく微笑み、窓を開けるよう促す。
これを開けていいの……?
握りしめたドアハンドルを見つめていると。
――迷うことなんてない。パトリシア。わたしの所へおいで。
でも……。
――大丈夫だから。何も心配する必要はない。
そう、なの、ね……。
ぐっとドアハンドルを押すが、窓は開かない。
――くっ。鍵などかけているのか。あいつ……。
アルベルトが怒りで見たことのない表情になっている。
怖い……。
「パトリシア!」
お読みいただき、ありがとうございました!
【次回予告】
9月30日(土)21時
『アズレーク、私……』
アズレークは真剣な表情で私を見下ろしている。
自分の繰り返す激しい呼吸以外の物音が聞こえない。
10月1日(日)12時半頃
『悪者だと思います』
アズレークが私の髪をゆっくり撫でた。
心臓がトクンと反応してしまう。
それではまた来週、物語をお楽しみください!



























































