159:ロゼノワールの獣
一旦、滞在する一軒家に戻り、リハーサルディナーに相応しいドレスに着替えた。ミッドナイトブルーのイブニングドレスには、胸元と裾に模造宝石が飾られ、光沢のあるシルクの生地と共に明かりを受け、美しく煌めいてくれる。
髪は左側に束ね、白いリボンを飾る。
「行こうか、パトリシア」
アズレークはレオナルドの姿となり、私に合わせ、ミッドナイトブルーのセットアップを着ている。タイと光沢のあるベストは、深みのあるワイン色で、いいアクセントになっていた。
村長の屋敷には、新郎新婦の親族、そしてアルベルトと三騎士、レオナルドと私と、昼間以上の人数が集結し、栗をふんだんに使ったディナーを楽しむことになった。
栗のポタージュはその風味が出ていて、実に美味しい。栗と一緒に焼かれた鹿肉は、じゃがいもの代わりのほくほくした栗が、たまなかった。大粒な栗を使ったタルトは、食べ応えもあり、テイクアウトしたいぐらいだ。
食後に用意された紅茶と砕いた栗が練りこまれたソフトクッキーも、満腹なのについ食べてしまう。
「パトリシアは栗とさつまいもを使ったスイーツが昔から好きでしたよね」
ソファに座る、マリンブルーのセットアップを着たアルベルトが、その長い脚を組み、優艶に紅茶を飲みながらほほ笑んだ。
「そ、そうですね……。栗もさつまいもも元々甘いので、お菓子にするとさらに美味しくなりますし」
「……パトリシアがどうしても栗拾いをしたいと言い出し、カロリーナと三人で森へ出かけたことがあった。農村に出向き、さつまいもの収穫を手伝わせてもらったこともあったよね」
確かにそんなこともあった。
懐かしい。
拾った栗は持ち帰り、王宮のパティシエに渡し、パウンドケーキやマロンクリームたっぷりのシュークリームを作ってもらった。さつまいもは農家から買い取り、それをペーストにしてさつまいもクリームを作ってもらい、パンやパンケーキにつけ、三人でよく食べていた。
今頃、カロリーナはどうしているのかしら。
文と温かい衣類を送ったが、返事はない。
でもニュースペーパーで、彼女のことが報じられることもないので、きっと元気にやっているのだろう。
「!」
アルベルトがじっと私を見ている。
その瞳は郷愁とそして――。
「ふうーっ、外は冷えるなぁ。王都はまだ夜も夏の名残りを感じたが、ここは完全に晩秋だ」
リハーサルディナーを終えると、屋敷の外で護衛についていたマルクスが、ルイスと交代で戻ってきた。そのマルクスが「冷える」と言いながら、屋敷の中に入るのと同時に。「少し、外の様子を見てくる」と、これまた一旦外へ出ていたレオナルドが戻ってきた。
レオナルドが戻ると、新郎と新婦の親族が彼を囲んだ。
村人全員が魔法を使えるニルスの村では、若い女性はアルベルトに群がるが、そうではない者は、王宮付き魔術師であるレオナルドに興味津々。やはり村人の多くが、魔法についてレオナルドに聞きたいと思っているようだ。
「おー、なんだか良い香りがするぞ」
「マルクス様、お食事の用意がございます。こちらへどうぞ」
「お! それはありがたい」
ロイヤルブルーの軍服姿のマルクスは、この屋敷のメイドの案内で食事を始めている。
「そういえば新婦の姿が見えないですね。新郎はいるのに」
アルベルトの後ろに控えていたミゲルが、ムーングレイの瞳で室内を見渡した。確かに、さっきまで新郎と一緒にいたのに。
「……ニルスの村では言い伝えがあるのだよ」
いつもの落ち着いた表情のアルベルトが、ミゲルと私に向け、話し出した。
「祝いの場を穢されたくないならば、花嫁は結婚式の前日に夜更かしをしてはならない。町民も22時までには床につけ。村の外へは出るな。家にこもり、朝を迎えろと」
「でも王太子さま、それは当たり前のことのように思えます。結婚式の前日なのですから。夜更かしをしては、翌日のお化粧のノリも悪くなります。村人もみんな、結婚式に備え、早寝する。それは貴族や王族の結婚式でもそうですよね?」
するとアルベルトはクスクスと楽しそうに笑う。
「パトリシアはいつもそうやって冷静だから。言い負かされたカロリーナが、私に泣きついてくる」
「もう、王太子さま!」
今日のアルベルトは、なんだか昔のことを懐かしく話し、そしてあの頃のように私をからかう。
「パトリシア、当たり前のことかもしれないが、これはもっと切実だ。もし言い伝えられていることを守らないと、結婚式の当日に、ロゼノワールの獣に襲われる――そう言われているのだから」
いつの間にか私の座るソファの後ろに来ていたレオナルドは、「ロゼノワールの獣」という初めて聞く獣の名を口にして、伸ばした腕を私に絡ませる。目の前にアルベルトとミゲルがいるのに! レオナルドがこんな風にするなんて。
「もし花嫁が夜更かしをすると。村民が22時までに就寝しないと。結婚式の当日に、ロゼノワールの獣が現れ、花嫁はさらわれる……」
アルベルトがそう言った時、雷鳴がとどろいた。
お読みいただき、ありがとうございました!
【次回予告】
9月23日(土)21時
『好奇心旺盛だね』
レオナルドは限りなく優美なのに。
二人きりで愛を交わす時は
とんでもないSの気質を発揮するから……。
9月24日(日)12時半頃
『焦がれるような顔』
――そこから出てきて。
こっちへ来てほしい。パトリシア。
アルベルトがそう私に呼び掛けている。
それではまた来週、物語をお楽しみください!



























































