158:いつも以上に彼も気持ちが高揚し
昼食の後は、平民の結婚式の定番、新郎新婦の家族による祝いの品の交換が行われた。これにアルベルトと私も参加し、王都から持参した祝いの品を、新郎と新婦に送った。
アルベルトは新郎に、宮廷画家による夫婦の愛を描いた絵画、新婦には香水を贈り、その希少性、高級さに新郎新婦は驚いている。
私はアズレークと一緒に選んだ銀食器とカラトリーのセットを新婦に、新郎には高級ウィスキーを贈った。
三騎士と王宮付きの魔術師であるレオナルドは、あくまでアルベルトの護衛という立場なので、贈り物は私から渡す形だ。
お祝いの品の交換は結構時間がかかり、それを終えるとティータイム、その後は……。
新郎新婦は、村で唯一の教会で、神へ特別な祈りを捧げる。親族とアルベルトと私は、リハーサルディナーまで自由時間になった。
自由時間のはずだが、アルベルトと三騎士は、村長の屋敷を出た瞬間から村の女性に囲まれている。そのまま広場で彼女達の話し相手をすることになった。レオナルドも三騎士と共に、女性に囲まれるアルベルトの護衛につくかと思ったのだが。警備の魔法騎士がいることから、立ち合いは免除された。
「パトリシア、少し森の中を散歩しませんか」
「ええ、勿論です、レオナルド」
レオナルドにエスコートしてもらい、ニルスの村に隣接する、綺麗に整えられた森の中へ足を踏み入れる。
すでに紅葉が進み、木々は赤、黄色、オレンジに色づいている。地面には落ちた葉も多くあり、歩く度にカサカサと音がした。鳥の鳴き声が聞こえ、紅葉した葉の隙間から、間もなく沈む太陽の陽射しが光の筋となり、あちこちの地面を照らしている。
時々、リスやうさぎの姿も見えた。
レオナルドは森の中を、無言で私を連れ歩いている。
こんな風に森の中を歩いていると、プラサナスの地で過ごした日々を思い出す。
ゴースト退治の練習で森に入り、聖女が使う祈り言葉で、スノーが扮するゴーストを倒そうと奮闘した。
懐かしく感じ、頬が緩む。
「パトリシア、どうしましたか?」
「……こうやって森を歩いていると、プラサナスのことを思い出します。ゴースト退治の練習をしたことを」
「……なるほど」
そう言った次の瞬間。
レオナルドの姿はなく。
そこには黒騎士アズレークがいる。
「確かに懐かしいな」
そう言ったアズレークは、私の腰に腕をぐいと回し、自身の胸へと抱き寄せる。
「あの時、こんな未来が待っていることは、想像できなかった」
「アズレーク……」
長い睫毛に縁どられた、黒曜石のようなその瞳に見つめられるだけで、もう気持ちも体も落ち着かない状態になる。
「もうあの頃には戻れないな。パトリシアを前に、冷静に魔力だけを送り続けた自分が信じられない」
アズレークの顔が近づき、彼の温かい息を肌に感じる。ただそれだけなのに、体が痺れるように感じてしまう。
「パトリシア……」
ただ名前を呼ばれているだけなのに。
全身から力が抜けそうになっている。
でもアズレークはその腕で私をしっかり支え、そして静かに唇を重ねた。
森の中。
ではあるけれど。
村人の家はここから見えている。
それなのにアズレークは……。
こんなに激しいキスをして、誰かに見られないかしら。
アズレークと口づけをしていることに加え、見られるのではというスリルにより、心臓のドキドキが通常ではない状態になっている。
その時。
見られている……。
確かにそう感じた。
ドキッとして唇を離そうとするが、アズレークはまるで逃すまいとするように腕に力を込める。この視線をアズレークは気づいていないの?
そう思ったら……。
アズレークの細い指が私の逆鱗を優しく撫でた。
本当に。
すっと撫でただけなのに。
反応を抑える魔法が解除され、そしてキスは続き、全身が燃えるように熱くなる。
もう立っていられない状態になった時、アズレークのキスが終わり、体を支えるように抱きしめられた。
「すまなかった、パトリシア」
そう言葉を口にするアズレークの息遣いは、いつになく乱れている。
肩で息をしながら、私は懸命に頷き、でもドキドキは収まらない。
アズレークは、解除したばかりの逆鱗の反応を抑える魔法をかけてくれているが、呼吸が荒くなっている。
もしかしてプラサナスのことを思い出し、いつも以上に彼も気持ちが高揚したのかしら……?
そう思うと、逆鱗の反応は収まっているのに、体の火照りが取れそうにない。
ゆっくりアズレークの顔を見上げると……。
……!
なんて鋭い目をしているのだろう。
頬から伝わる彼の胸の鼓動は、確かに激しいものなのに。
息遣いだっていまだ、落ち着いていないのに。
アズレークの瞳は研ぎ澄まされている。
そこで思い出す。
誰かに見られていると感じた。
もしやアズレークもそれを感知していた?
「ねえ、アズレーク」
まだ呼吸はままならないが、その件を聞きたいと思い、口を開くと。
「大丈夫だ。パトリシア。問題ない。気にしないでいいから」
先程とは一転。
慈しむような優しい眼差しで、アズレークが私に視線を向けた。
やはり。
視線に気づいていたのね。
誰、だったのだろう。
さっきのアズレークではないが、あれは突き刺すような視線だった。
「この辺りには獣もいると聞いている。日が落ちる前に戻ろう」
「はい」
ハラリ、ハラリと色づいた葉が落ちてくる。
鳥の鳴き声と羽ばたく音が響く。
カサカサと落ち葉を踏み分け、来た道を戻った。
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続きは……。
9月17日(日)12時半頃
『ロゼノワールの獣』
「!」アルベルトがじっと私を見ている。
その瞳は郷愁とそして――。



























































