156:秋の始まり
すっかり秋になり、窓から見える木々も綺麗に紅葉している。
窓を少し開ければ、コオロギ、スズムシ、マツムシと、秋の虫達の鳴き声が聞こえてきた。
「パトリシア」
後ろから突然抱きしめられ、でもその声がアズレークだと分かり、すぐに嬉しい気持ちになってしまう。
「もう、眠れるのですか?」
「ああ、急ぎの書類仕事はさっき終わった。もう、寝る準備はできているか?」
「ええ。大丈夫です」
すると黒いローブを着たアズレークは、軽々と私を抱き上げ、そのまま寝室へと向かう。
動く度にサラサラと揺れる黒髪は、艶があり、とても美しい。前髪の下の意志の強さを感じさせるキリッとした眉。黒曜石のように輝く瞳。精悍さを感じさせる横顔と高い鼻、血色のいい唇。
その唇は今、静かに魔法を紡いでいる。
アズレークが歩きながら呪文を唱えると、開けていたカーテンは閉じられ、部屋の明かりが消える。代わりに寝室の明かりが灯された。
でもその寝室の明かりも、私をベッドにおろすと同時に消される。
そしてアズレークの唇が、私の唇に重なった。
「……甘く優雅な香りがする」
「秋になったので、金木犀(ジャスミン)の香油をつけたのです」
「いい香りだ。パトリシアによく合う……」
香油は髪を含め、体に薄く伸ばすようにつけていた。
でも太い血管が通る首筋で、香りを強く感じたようだ。
アズレークの顔が首筋に近づき、彼の息が肌に触れ、それは甘美な刺激となり、全身を駆け抜ける。
シュルとネグリジェのシルクのリボンがほどける音がした。
アズレークの手がゆっくり素肌に触れ――。
体中の血流が良くなったせいか。
アズレークがゆっくり体を離し、隣で横になった瞬間。
甘くスパイシーな金木犀の香りを、私自身も強く感じていた。
息が上がり、呼吸が激しくなっているせいか、その香りはどんどん鼻孔を満たしていく。
私の肩を抱くアズレークは、既に呼吸が落ち着いている。
いつものことながら、この体力と回復力は本当にすごいと思う。
「パトリシア。来週、王太子と三騎士と共に、ニルスの村に泊りがけで行くことになった」
「ニルスの村……プラサナス城からの帰りで立ち寄った村ですね」
ニルスの村。
そこはニルスという魔法使いが開拓した村で、ほぼ全員の村人が魔力を持つ。
ゆえに魔法使いの村とも言われている。
三騎士の一人、槍の騎士・マルクスが、番(つがい)に関する本を手に入れたのも、この村だった。
「現在の村長は、ニルスの子孫であるトマス。そのトマスの娘であるキアラが結婚することになり、王太子が国王陛下の名代として参列することになった」
「村人の結婚式に、アルベルト王太子様がわざわざ参列されるのですか?」
その顔を見上げると、窓から射す月明りで、アズレークの彫深い顔立ちが、ノアールの濃淡の中、浮かび上がっている。
「ニルスの村は、魔法使いの村だからな。王宮にいる魔法騎士の多くが、ニルスの村の出身者だ。歴代の村長の子供の結婚式には、王族が参列している。でもあまり公にしないのは、そこが小さな村であり、また村人たちも大騒ぎされることを好まないからだ」
「そうなのですね」
そこでアズレークが私の髪を優しく撫でながら尋ねた。
「パトリシアも一緒に来るか?」
「え、それはニルスの村へ、私も行っていいということですか?」
「そうだ。結婚式に参列するのに、男ばかりでは華がない」
そう言われると確かにそうだ。
ただし、華がないとは言い切れない。
なにせアルベルト王太子、その三騎士、そしてアズレーク……レオナルドは、容姿の美しさを誇る男性ばかり。
女性がそこにいなくとも、この五人がいるだけで、そこはキラキラした世界になりそうだった。何よりレオナルド以外が独身なのだ。ニルスの村の女性は、大騒ぎではないだろうか。
「それに私としては、もう独り寝には耐えられない」
アズレークのこの言葉に、落ち着いたはずの心臓が、再びドキドキし始めている。
3人の魔術師補佐官が彼の下で働くようになってから、アズレークは必ず私の待つこの屋敷に帰って来て、同じベッドで眠っていた。アズレークが独り寝できないように、私も彼なしで寝るのは……耐えられないと思う。
「私もアズレークがいないと眠れないわ。アルベルト王太子様が許してくれるなら、私もニルスの村へ行きたいです」
「安心しろ、パトリシア。王太子が言ってくれたんだよ。パトリシアも連れてきては、と」
……!
アルベルトはなんて優しいのかしら。
元々は私を好きだと言ってくれていたのに。
今となってはアズレークと私を応援してくれている。
「パトリシア」
「はい、……!」
アズレークの手が逆鱗に触れ、反応を抑える魔法が解除されていることに気づく。さらにその手が大腿に触れるので、さらに心臓の動きが激しくなる。
「相変わらず王太子の名前が出ると、パトリシアは嬉しそうにする」
「そんなことはっ、うん!」
アズレークは私が自身の番(つがい)だと分かっているのに。どうしたって私は彼にゾッコンだということを、知っているはずなのに!
アルベルトに嫉妬する必要はない。それはきっと理解している。それでもなお、番(つがい)に対する独占欲は収まらず……。アズレークは抑えきれない自身の熱い想いを、私の体に訴える。それは困ってしまうが、嬉しくもあり……。
さっきまで静かだった秋の夜が一変していく――。
お読みいただき、ありがとうございます!
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今回の続編は、週末(土日)更新でいきます。
ということで昨日更新していないので
もう1話、今晩21時頃に公開します。
夜まで時間ありますので空白期間の新作をご紹介。
すべてページ下部にイラストリンクバナー有。
『身代わりの悪役令嬢~断罪希望VS.断罪阻止~』
乙女ゲームの世界に転生! 目の前に悪役令嬢はいる。
そしてこの姿はヒロインではない。
ということはモブですか? と思ったら!
鏡を見てビックリ。悪役令嬢ですよ、私の姿は。
双子という設定はないのに。どういうことですか?
しかも悪役令嬢であるダイアンは……
断罪されたがっている!?
私、ダイアナは、家族と一族の平和のため
断罪なんて反対です!!
断罪されたい悪役令嬢VS.断罪されないでほしい私の
攻防戦が今、幕を開ける――!
https://ncode.syosetu.com/n5401ij/
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ご覧いただけると幸いです!



























































