155:社交界デビュー
宮殿に着くと、そこはもう多くの貴族で溢れている。
その貴族に混じり、そして決して霞むことがないのがロレンソだった。周囲にいる街の人達は着慣れないテールコートで少しもじもじしているが、明るいグレーのテールコート姿のロレンソは実に堂々としている。
そのせいで会場にいる貴族は、ロレンソがよほど上流貴族に見えるのか、遠慮がちに近づき声をかけ、でも街の人間と知り驚く。驚くが、ロレンソの洗練された振る舞いや話術の虜となり、そこから立ち去ることなく会話を続ける。会話をしたらもう、その志の高さに心を打たれ、気づけば内ポケットから取り出した小切手にサインをしてロレンソに手渡していた。
この様子を見ると、ロレンソが善人で良かったと思わずにいられない。これで悪党だったら、犠牲者が後を絶たないだろう。
「パトリシア、社交界デビューする令嬢たちのダンスが始まるよ」
レオナルドの声に、彼の姿を見て「本当に素敵だわ」と心の中で呟く。
今日のレオナルドのロイヤルブルーの軍服には、儀礼用の装飾が施されていた。つまり襟章、階級章、部隊章など華やかなデザインになっている。飾緒やサッシュもいつもより凝った意匠であり、つい見入ってしまう。
アイスブルーのマントの銀糸の刺繍も実に美しく、もう何人もの貴婦人がよろめき、エスコートしている男性を驚かせている。
シャンデリアの煌めきを受け、宝石のように輝くアイスブルーの髪は、男性でも目が釘付けになるようで、うっかり近くのマダムのドレスを踏み、謝罪する事態も起きていた。
この姿のレオナルドが動き回ると、舞踏会が混乱しそうなぐらい、実に優美で優雅だった。
そんなレオナルドに見惚れてしまったが。
いよいよ社交界デビューするスノーとノエのダンスが始まるのだ。
ホールの中央に視線を向ける。
白いドレスを着た令嬢は、二十人ぐらいいた。
この国王陛下主催の舞踏会にあわせ、皆、入念に準備を重ねてきたと分かる令嬢がずらりと並んでいる。その中にあっても、スノーの輝きは別格……と思ってしまうのは、間違いなく前世で言うところの親ばかフィルターが働いているのかもしれない。
それにノエも。
周囲はみんな上流貴族の男子や、この日のために手配された容姿の優れた男子ばかり。その中にあっても、ノエは負けていないと思う。何より、あの不死鳥の赤い翼と同じ、赤髪の美しさは目を引く。
私の周囲でこの様子を見守る人達からも「ルビーみたいな赤い髪ねぇ」「あそこまでクリアな赤髪は見たことがないわ」と賛辞する声が聞こえている。
そうしているうちにも、ダンスが始まった。
もうフィルターのせいもあるかもしれないが、スノーとノエのダンスは実に素晴らしい。
ノエは風景画を描くので忙しかった。さらには継母による妨害もあった。つまりスノーとのダンスの練習時間は、そこまでとれたわけではない。それでも限られた時間の中で、練習を重ね、二人の呼吸はピッタリになっていた。
最後まで、間違いもなく、他の踊り手を邪魔することなく、スノーとノエはダンスを終えた。
「とても素晴らしかったわ」「ああ、本当によかった」
気づくとレオナルドと私の傍に来ていたロレナとエリヒオが感動している。
その後、私達はアルベルトに声を掛けられ、国王陛下の元へ向かうことになった。国王陛下がノエに会ってみたいというのだ。その立ち合いとして、ノエの絵を紹介したレオナルドにも、声がかかったわけだ。
貴族ではなく街の人間として生きているノエだったが、見事なまでの絵の腕前を持ち、聖獣を祖に持つ強い魔力の持ち主。
国王陛下が会ってみたいという要素が揃っている。会いたくなる気持ちも理解できてしまう。
玉座が置かれた天幕に向かうと、そこには宰相もいれば、ベラスケス公爵夫妻――つまりは私の両親もいる。議会で議長を務める父親は、国王陛下のそばにいることも多い。
さらに呼ばれたのは私達だけではなく、ロレンソも呼ばれたようだ。そこにスノーを連れたノエが到着し、国王陛下がノエに声をかける。
国王陛下はノエに「絵を習ったことがあるのか」「油絵以外で彫刻や陶芸などもやるのか」など熱心に質問をされていた。その問いにノエはきちんと丁寧に答えている。最後はスノーのことさえ、国王陛下に紹介する余裕まで見せていた。
一方のスノーは、いきなり国王陛下に挨拶することになり、ガチガチだったが、今日が社交界デビューであることは一目瞭然なので、国王陛下は「緊張しなくてもよいのだよ」と優しく言ってくれた。
その後も国王陛下はロレンソと話したり、街の人にも声をかけ、私にさえ1カ月の休暇はどうだったかと尋ねてくれる。
過去に何度もこの舞踏会に参加していたが、こんな風に話しかけられるのは初めてであり、でもとても嬉しかった。
国王陛下との話が終わると、私はレオナルドとダンスを踊り、多くの貴婦人を卒倒させることになってしまう。なんでもこうなると分かっているので、舞踏会に参加しても、レオナルドはよほどでないとダンスをしないでいたようなのだが……。
「妻とダンスをしたいと思うのは当然のこと。パトリシアをエスコートし、ダンスをしないなんてありえないよ」と、貴婦人だけではなく、私が気絶しそうな甘い言葉を囁くのだから、困ってしまう。
ひとまずダンスでこれ以上の犠牲者(?)を出さないため、終了にし、庭園へ出ると……。花火の打ち上げが始まった。
こうして夏を締めくくるガレシア王国最大の舞踏会の夜は、幕を下ろした。
お読みいただき、ありがとうございました!
ノエの事件はこれでひと段落です。
明日から夜の時間で更新となります。
ひとまず19時~20時で公開しますねー。



























































