152:前向き
「以上が昨晩、起きた出来事です。結果として魔術師レオナルドの手を煩わすことなく済んだと思っていますが、本当にご心配をおかけしました」
ロレンソはそう言うと、白藤色の髪を揺らし、頭を下げる。ノエもそれに習い、深々と頭を下げた。
「何とも恐ろしい女性がいたものだ。いくら血がつながっていないとはいえ、家族として暮らしてきた期間もあるだろうに。とても口にしたくないようなおぞましいことをしたその女性は……赤ん坊から再び、悪女になることはないのでしょうか?」
義父のエリヒオの問いにロレンソは「ベレンが約束を破らない限り、今度はまともな人間に育つでしょう。それに以前と同じ美貌の通りに成長するとは限りませんから」と答える。
「ノエくんは随分ひどい目にあったわよね。体の傷はロレンソ先生が治癒してくださった。でも……。継母と血のつながらない姉から受けたヒドイ仕打ちに、ノエくんは……とても心が傷ついたのでは?」
心配そうにするロレナにノエは柔和な笑みを見せる。
「ロレナさま、ご心配いただき、ありがとうございます。でも大丈夫です」
思いがけない力強い声でノエはハッキリそう言い切った。
「俺は沢山の辛い過去の積み重ねで今があります。それは忘れたい過去ですが、それがなくなると俺は空っぽになってしまう。辛いことも含め、俺の人生だと思い、でもこれからは沢山の幸せで満たして生きていきたいと思っています」
すごい。まだ17歳なのに。なんて達観しているのだろう。
「心の痛みが分かるので、その分、俺と関わる人には優しくできたらと思っています」
これにはロレナの瞳が潤み、私も思わずハンカチで目元を拭うことになる。そしてスノーは我慢できなかったのだろう。ノエに抱きついていた。
◇
幸いなことに、ノエの完成した風景画は、ベルドゥ男爵家の屋敷で発見することができた。エリーゼはナイフで切り裂きたいと言っていたらしいが、ベレンはノエについて調べを進める中で、その価値を知っていた。
つまりはこの風景画を王族や上流貴族も利用する有名なギャラリーに持ち込めば、金になると。だからエリーゼを宥め、自室に置いていたのだ。
その絵は、マルティネス家の屋敷にロレンソが持参し、今度画廊のオーナーが取りに来ることになっていた。
絵は無事だった。でも油絵を描くための道具一式は処分されていた。絵を切り裂くことができなかった腹いせに、エリーゼが道具箱を足で蹴飛ばし、踏みつぶし、パレットを叩き割り、筆を折っていた。
本当にひどい継母であるが、ノエは「しばらくはスノーのダンスの練習につきあうつもりですから。もしまた絵が売れたらそのお金で道具は揃えます」と微笑んだ。前向きだし、自分で気持ちの整理をつけている。まだ17歳なのに。本当に立派だ。
ロレンソとノエとはたっぷり話し込んでしまったので、その後はもう大変!
二人を見送っている間、メイドにはスノーがすぐに入浴できるよう、準備を進めてもらった。スノーが入浴をしていると、レオナルドが戻って来た。レオナルドを迎え、その足でスノーの部屋に戻り、眠りの魔法を使おうとしたが……。丁度、入浴を終え、1時間以上過ぎていた。体内深部の温度も下がってきたこともあり、スノーはそのまま眠りへと落ちていく。
昨晩はノエが心配でなかなか寝付けなかったようだが、今日は無事を確認できた。安心できたのだろう。スヤスヤと眠るその顔は実に穏やか。安堵した私は自室へ戻り、自分の入浴の準備を始めた。
レオナルドも今頃、入浴をしているだろう。
帰宅した彼はほろ酔いだった。仕事の話もしたのだろうが、楽しい話もできたに違いない。お酒もいつもより進んだのだと思う。
それにしても。
目元がほんのりピンク色の染まったレオナルドはその優雅さに妖艶さが加わり、一目見ただけで落ち着かなくなってしまった。しかも触れる肌は少し熱を帯びている。
ほろ酔いレオナルドが私の部屋に来ることを想像すると、必要以上に血流が良くなってしまった。バスタブの淵に座り、少し火照りを冷ましてから入浴を終えた。
さっぱりしたいと思い、シーラの街で手に入れたもぎたての果実を思わせる、シトロンの香油をつけ、シャーベットイエローのネグリジェを着る。髪をとかし、バスルームを出ると……。
ソファに見えるあの後ろ姿。
レオナルドではなくアズレーク! 瞬時に気持ちが昂り、ソファへ駆け寄ると、アズレークの黒曜石のような瞳と目が合う。
あら、もうほろ酔いではない。
始祖のブラックドラゴンと同等の力を持つアズレークは、回復の力も強い。ほろ酔いアズレークを期待したのだけど……。
「パトリシア、おいで」
!
なんだかアズレークの声が、レオナルドのように甘い。さらにソファにまだ腰をおろしていないのに、アズレークは腕を伸ばし、私を抱きしめる。
その体はいつもより温かく、それは……入浴を終えたから、という感じではない。もしや見た目はいつも通りだけど、ほろ酔い状態が続いているのかしら?
それを確認する間もなく、アズレークの細い指が逆鱗に触れて……。
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