150:悪循環
ベレンは母親と同様、ノエのことを嫌っていた。その理由は母親に連れられ、ベルドゥ男爵の屋敷で暮らすようになってすぐのことだ。
屋敷の使用人の立ち話をたまたま聞いてしまった。二人のメイドは「後妻の連れ子より、亡くなった奥様の坊ちゃんの方が、女性と思うぐらい美しい」と話していた。それを聞いたベレンのプライドは傷つく。
同性ではなく、異性に対して美しさで負けるなんて。傷ついた心は怒りから、ノエへの激しい嫌悪感に変わっていた。もうそこはまさに母親譲りでもある。
母親譲りなところは、それだけではない。エリーゼと同じでベレンもまた悪知恵が働く。
エリーゼから魔法薬を手に入れるよう命じられたベレンは、ノエに対し「お父様の具合が最近悪いの。とても疲れて元気がない。魔法薬はもしかしたら、病気の回復にも役立つのでは? 少しわけてもらえないかしら?」そう持ち掛けたのだ。
ただ、そんな提案をするベレンの口調は軽く、本当にベルドゥ男爵は具合が悪いのか。そう思えてしまうぐらい棒読みで、魔法薬を寄越すよう、ベレンは言ったのだ。
そもそも魔法薬は、ロレンソにより、厳しく管理されることになった。勝手に持ち出すことは、魔法薬の主成分となる不死鳥の灰を提供しているノエでさえ、許されていない。
それに魔法薬は男性が夫婦生活を頑張れるために配合されている。病気の回復に効くような調合はしていない。だからそのことを伝えた。
病気の回復に役立つものではないし、処方箋もなく持ち出すことはできない。ただ、病がそんなに重いなら、診療所に来ればいいと答えるようにした。
でもベレンは諦めず、そして公園で絵を描くノエのところにまで、姿を見せるようになった。正直、絵を描くことに集中したいのに、ベレンはそばでずっと話し続ける。それでも最初は無視するようにしていた。
ところが。
悪知恵の働くベレンは、男爵家の窮状を話して聞かせる。ベルドゥ男爵の具合が悪いのも、お金に困り、印刷工場で働いているからだと、家の秘密まで打ち明け、魔法薬を寄越せと訴えるようになった。
涙をボロボロ流すベレンからこの話を聞かされたノエは、心を大きく動かされることになる。男爵家の窮状に同情し、何より働過ぎでベルドゥ男爵の具合が悪いことは、嘘ではないと思えた。
実際、ベルドゥ男爵は疲れ切っており、ベレンはその様子を微に入り細に入りノエに話して聞かせたのだ。以前のような、薄っぺらい話し方ではなかった。
そこでノエは、自身の不死鳥の翼から出る灰を、ベルドゥ男爵に分け与えることを決意した。その灰を用意するためには、翼を広げる必要があるが、そんなこと人通りのある公園ではできない。そこで野外ステージの下の扉の向こう側、そこは控え室などがあるが、滅多に利用されず、普段は施錠されている――を利用することにした。
魔法で扉を開け、中に入り、ノエは翼を広げる。そして落ちていく灰を集めることにした。この灰は魔法薬に含まれる成分の一つとベレンにノエは話し、ベルドゥ男爵に飲ませるようにと伝えたのだ。
ちなみに灰はすぐに冷めるわけではない。なにせ不死鳥の灰なのだ。冷ます時間も必要。ということで、一度、ベレンと共に野外ステージの下の扉の向こう側に入ると、その灰が拾える温度になるまで、待つ必要があった。
時間はかかるが、これで不死鳥の灰は回収でき、ベレンはそれを母親に届けた。魔法薬を手に入れるのは難しい。でも魔法薬に含まれる成分の一つが手に入った。きっと劣化した細胞の回復にも効くのではないかと、ベレンはエリーゼに告げた。
実際、エリーゼがその灰を飲んでみると……。
確かにエリーゼの劣化は瞬時に回復した。するとエリーゼはこの灰を、同じように美貌の劣化で悩むマダムに売りつけることを思いつく。エリーゼが劇的に若々しくなったのを見たマダムは、その灰に飛びついた。
もはや言い値で買い取ってくれる。
エリーゼの元には沢山の金貨が集まった。その金貨をエリーゼは、自身と娘のために湯水のように使う。灰がなくなりそうになると、ベレンに命じて、ノエの元に向かわせた。
ベレンはノエに「おかげで父親であるベルドゥ男爵はみるみる間に元気を取り戻した。でも元気になったら、元気になったで、再び印刷所で激務となってしまった。そしてまた体調が悪くなってしまったので、また灰をもらえないか」と頼みこんだ。
こうして公園で絵を描くノエの元に、ベレンは度々現れては、彼から不死鳥の灰をせしめていたのだ。
一方で、エリーゼは一度の服用で若々しくなったのに、不死鳥の灰を何度も服用した。しかも適量ではなく、沢山飲めば飲むだけ効果があると考え、飲みまくっていた。
当然だが、不死鳥の灰には再生の力に加え、炎の力もある。エリーゼはやみくもに灰を飲むことで、自身の体を火傷させ、回復させるということを繰り返す状態になっていた。
火傷をすると容姿は劣化状態になる。でも灰を飲むと回復し、美貌が戻る。もうこうなっては、エリーゼは灰を飲むことが止められない。
その一方で、エリーゼの知り合いのマダム達は、灰があまりにも高額なので、一度買ったらそうそう手は出せない。だからエリーゼのような状態にはならずに済んでいた。
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