145:全く想像ができない
屋敷に戻ると、スノーはなんだか落ち着かない。
私とお揃いのライトブルーのドレスのスカートをぎゅっと握り、リビングルームの窓から、エントランスの様子を気にしていた。
つまり、ノエが来るのが待ち遠しくて仕方ないというわけだ。
昨日、結局、遠くでその姿を見ることは出来た。でも、声をかけ、話すことはなかったのだ。ノエは既に絵を描くのに必要な道具一式を持っている。だから屋敷に立ち寄るのはほんの一瞬で、すぐに公園へ向かうだろう。
でもそのほんのわずかな時間でも、スノーはノエに会いたいと思っている。話したいと思っていた。それはもう……なんて健気で可愛らしいことか。
「あ!」
スノーの声に、ソファから義母のロレナと私は立ち上がり、二人で窓の方へ向かう。三人でエントランスの方を見ると、馬車がやってくる。
ノエは徒歩で来るので、ダンスの先生が来た……と思ったが、御者がいつもと違う。それに時間もまだ、普段来る時間より早い。
ともかく三人でエントランスに行くと、そこに現れたのは……アオイだった。
ベージュの麻のドレス姿のアオイは、額の汗をハンカチで押さえながらここに来た理由を明かした。
「ノエくんの代わりにお邪魔しました。今日中に絵を完成させたいそうで、道具は手元にあるので、そのまま公園に向かいたいとのことです。ご挨拶をせず、公園に向かい、申し訳ありません――とのことでした。夕方、道具を返却するため、お屋敷にお邪魔させていただきます――そうノエくんから伝言を預かっています」
「まあ、そうでしたのね。暑い中、わざわざ訪ねてくれてありがとうございます。飲み物を用意するわ」
ロレナがそう言うとアオイは「いえ、ロレンソさまにお使いを頼まれているので、お気持ちだけで」と恐縮している。「でもね、そんなに汗をかいていたのよ。暑さで倒れては、ロレンソ先生も驚いてしまうわ」ということで、アオイは冷ましたアイスティーを飲み、ダンスの先生と入れ替わりで屋敷を去った。
「さあ、スノーちゃん。今日もダンスの練習を頑張りましょうね」
ロレナに声をかけられたスノーは「はい」とちゃんと返事をしている。でもその顔は、元気がない。間違いなく、会えると思ったノエに会えず、がっかりしているのだと伝わってくる。
それでもダンスの先生が来たので、スノーはロレナと共にホールへと向かって行く。一方の私は魔法の練習部屋へ向かう。
会いたいのに会えないのは、切ないことであるけれど。夕方になれば、ノエは戻る。それまでは……スノー、ダンスを頑張って!と心の中でエールを送った。
◇
魔法の練習を終え、リビングルームへ向かうと、少ししてロレナとスノーもやってきた。エントランスを見ると、ダンスの先生を乗せた馬車が去って行く。
メイドが紅茶を出してくれて、ノエが来るのを待つことになる。スノーはソファに腰かけ、礼儀正しく紅茶を飲んでいるが、心の中では「ノエはまだかな?」という思いでいっぱいのはずだ。
それを思うと、実にいじらしくて可愛い。
こうして三人でノエが来るのを待ったが……。
いつもの時間には……やはりノエは来ない。今日中に絵を仕上げたいと考えているなら、ぎりぎりまで粘る可能性があった。
これはロレナもスノーも予測できていたので、特に心配せず、ノエが来るのを待つことにした。
でも……。
もう日が落ち、窓の外は暗くなってきた。さすがにこれ以上は、今描いている風景画の時間帯とあまりに違ってしまう。もう絵を描いているわけはないと思うが、なぜ屋敷にノエは来ないのか……?
「パトリシアさま、騎士に様子を見に行ってもらおうかしら? もう外は暗くなってしまうわ。ノエくんは魔力が強いと聞いているけれど、それでもまだ17歳。心配になるわ」
それはロレナの言う通りなので、私も同意し、スノーも「お義母さま、パトリシアさま、お願いします!」と懇願している。
こうして、魔法を使える警備の騎士を2名、公園に向かわせた。すると時を同じくして、義父のエリヒオが帰宅する。さらにそこへ王宮からの使いがやってきた。何事かと思うと、レオナルドから伝言を携えている。
「王宮付き魔術師レオナルドさまからの伝言でございます。ノエは先日の令嬢と共に、馬車へ乗り込み、公園から移動を開始した。念のため、追跡をしている。ご自身もその追跡に参加するそうで、今日は屋敷に戻るのが遅くなるかもしれない、とのことでした」
このレオナルド……アズレークからの伝言には、驚くしかない。ノエは、夕方屋敷に道具を戻しに来ると、わざわざアオイを使い、私達に伝えているのだ。それなのにさらわれたわけでもないのに、あの日曜日に見かけた令嬢と共に、馬車へ乗り込むって……。
どいうことなのだろう?
屋敷に来ないで令嬢と共に馬車に乗る――それは本人の意志に反していることに思える。それでも抵抗せず、従ったとしたなら……。あの令嬢とノエの関係は……まったく、想像ができない。
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