138:若い二人の情熱と集中力
翌日。
この日はスノーもダンスの練習に熱が入っていたのだろう。いつもより15分ほど遅く、レッスンが終わった。私は魔法の練習を少し早めに切り上げ、リビングルームでロレナと二人、お茶をしていた。
「ノエは帰ってきましたか? お義母さま、パトリシアさま、ノエのことは見ましたか?」――そう、スノーに聞かれると思ったので、お茶を飲みながらエントランスを見るが、まだノエの姿は見えない。
スノーがダンスの練習に熱中しているように、ノエもまた油絵を描くことに集中しているに違いなかった。
「なんだか若い二人の情熱と集中力には、羨ましくなってしまうわ。私なんてもう、すぐに飽きちゃうから」
そんな風にロレナは言うが、外出の予定がない時。ロレナが作った刺繍やレースは……。売り物になるレベルのものばかり。でもロレナはそれを売ることなく、友人にプレゼントしている。ロレナの知り合いのマダム達は、とても喜び、それをドレスや鞄に使っていた。
「お義母さま、パトリシアさま、ノエは帰ってきましたか?」
ノックもせず扉を勢いよく開けたスノーが、部屋に飛び込んできた。
「スノーちゃん、まだ帰ってきていないわ。大丈夫よ。落ち着いてね。扉はちゃんとノックしないとダメよ」
ロレナにやんわりたしなめられ、スノーはハッとして素直に「ごめんなさい、お義母さま」と謝る。
「分かってくれればいいのよ、スノーちゃん。部屋の中にいる人がね、ビックリしちゃうから。お部屋に入りますよーってノックをすればいいのよ」
そう言いながら立ち上がったロレナが私に目配せをする。それはもう、「あ・うん」の呼吸で分かってしまう。
ロレナはスノーを連れ、エントランスまでダンスの先生を見送るつもりだ。その間、ノエが帰ってきていないか、窓から見ておいて欲しい……ということだと。私は頷き、ロレナはスノーを連れ、部屋を出て行った。
そのまま紅茶を飲みながら、窓の外を窺っていると……。
ノエの姿はない。代わりにダンスの先生を乗せた馬車が正門へ向かうのが見えた。ほどなくして見送りを終えたロレナとスノーが部屋に戻って来る。メイドがスノーの分の紅茶を運んでくれた。
スノーが紅茶を口に運んだまさにその時。
ノエの姿が見えた。
するとスノーは、ティーカップをカシャンと盛大な音を立てソーサーに戻してしまい、紅茶が飛び散った。これには「ご、ごめんなさい、お義母さま、パトリシアさま」と、スノーは泣きそうになりながら、すぐに頭を下げた。
「大丈夫よ。スノーちゃん。次は気を付けるのよ。さあ、ノエを迎えに行きましょう」
ロレナに優しく声をかけられたらスノーは、申し訳なさそうな顔で私を見た。
「お義母さまの言う通りよ。今は失敗したとスノーが自覚して謝ったから、許してくださったの。だから次は気を付けましょう、スノー」
私がソファから立ち上がると、スノーは「はい」とちゃんと返事をして、ロレナに促され、ソファから立ち上がる。はやる気持ちを抑えたスノーは、小走りや早歩きをすることなく、令嬢らしく落ち着いた足取りでエントランスへ向かう。
そしてエントランスホールに入ってきたノエを見たスノーは……。
ノエを見て抱きつくのではなく、笑顔と挨拶で彼が戻ったことの喜びを伝えている。
まだまだがさつな行動をスノーはとりそうになるが、ロレナは厳しくしかることはない。でも間違いはしっかり指摘し、次はちゃんとすることを促すので、スノーも前向きに頑張ろうとしていた。
ロレナは子供の躾もとても上手ね。
その後はいつも通りになるのかと思ったら、ノエはこんな相談をロレナにした。
「明日は第三日曜日ですよね。ロレンソさまは、急患があれば対応しますが、診療所は休診日です。午前中は俺もボランティア活動に、ロレンソさまと参加しますが、午後から夕方までは自由時間なんです」
そこでノエは、澄んだトパーズ色の瞳でロレナと私を順番に見た。
「日曜日は、いつもこちらのお屋敷にお邪魔はしないですよね。でも絵がもうすぐで完成しそうなので、明日も絵を描きたいのです。……そこで大変厚かましいお願いないのですが、絵を描く道具一式、今日お借りしてそのまま持ち帰ってもいいですか? 月曜日にはお返ししますから」
何を言うかと思ったら……。
確かに道具箱、ペインティングナイフ、イーゼルは、マルティネス家で用意したものだった。でもそれ以外の油絵具、オイル、筆などは、ある意味消耗品。かつてはマルティネス家で用意したものを使っていただろう。だが今使っているのは、ノエ自身が絵の売れたお金で手に入れた物。
ここまで謙虚に頼むのは……きっとロレンソの教えの賜物ね。
ロレナも私と同じように感じたようだ。
お読みいただき、ありがとうございました!
また一週間始まりましたね。
暑い日が連日続いています。
無理せずマイペースで参りましょう☆
続きは明日、お昼に公開します~
引き続きよろしくお願いいたします!
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