137:お帰りなさい!
光の魔法の発動を確認するため、外が明るいうちからカーテンを閉じていた。
闇を照らす。光の魔法の用途はそれだけではない。
光を物体にあて、その戻り時間から距離を計測する。
光を収束させることで、物に穴をあけたり、切断したりもできた。
光が持つ紫外線を使い、消毒や殺菌も可能だ。
そう。
治癒の魔法では光の魔法を応用している。
そんな感じなので、光の魔法は用途が広い。でも発動するには集中力が必要であり、特に光が少ない夜での利用は、魔力の消費が多くなる。暗い部屋の中で練習をした方が、ハードルは上がるが、その分精度は上がった。
ということで集中して暗い部屋で練習を続けていると……。
遠慮がちにノックする音が聞こえた。
魔法の練習をする部屋に、義母のロレナも義父のエリヒオも、訪ねて来たことは、これまで一度もない。使用人も、勿論来ることはない。
そうなると……。
スノー?
スノーは何度かこの部屋を訪れている。
だが扉を開けると、そこにいたのはロレナだった。
「パトリシアさま、魔法の練習中にごめんなさいね。まだ夕食の時間ではないから、練習いただいて大丈夫なのだけど……。でもちょっと前にね、ダンスの先生はお帰りになったの。その後はリビングルームでスノーちゃんとお茶を飲んでいたのだけど……」
そこでロレナは心配そうな表情を浮かべる。
「いつもの時間になったの。空は茜色に染まって、みんなが帰り支度を始める時間。ほら、ノエくんはその時間になると、いつも屋敷へ戻って来ていたでしょう。絵を描く道具をアトリエに戻すために。でもね、まだ帰って来ていないのよ」
「え、そうなのですか?」
そう答えた私は、魔法の練習部屋を出て、スノーが待つリビングルームへ、ロレナと一緒に向かうことにした。リビングルームからはエントランスが見える。そこで待っていれば、屋敷に戻るノエの姿が見えるはずだった。だからスノーは見逃さないようにと、今も窓の前に立ち、外を眺めているのだという。
「でもね、今の季節、外はまだ明るいでしょう。日没まではまだ時間があるわ。絵を描くことに集中していた。まさに筆が乗ってきて止まらない……なんてこともあるかもしれないわよね。だから今日は、いつもの時間に戻って来ない……ってことも、考えられるでしょ。よって心配する必要はないのかもしれないけれど……」
ロレナはそう言いつつも、さらに付け加える。
「それにノエくんは男の子だものね。しかも魔法を使える……。ただ……。女の子みたいに可愛らしいから。やはりなんだか心配になってしまうわ」
そうロレナが言いたくなる気持ちもよく分かる。ノエは自身を男らしくみせたいという気持ちもあり、「俺」という言葉を使い続けているのではないか。そう私は感じていた。美貌の少年、スラリと細身のノエは……確かに中性的な魅力がある。
とはいえ、だ。
いざとなれば翼を出すこともできる。変身の魔法も得意。魔力も強い、聖獣を祖先に持つ者なのだ。不死鳥由来の強力な火の魔法だって使える。かつてゴメル地区に売られた時のノエとは違う。誰かに襲撃されても、対処できると思うのだが……。
リビングルームにつながる廊下に辿り着いた時、扉が突然開き、そこからスノーが飛び出してきた。頬を高揚させたスノーが叫ぶ。
「お義母さま、パトリシアさま、ノエが帰ってきました!」
「まあ!」「良かったわ」
その後は三人で、小走りでエントランスへ向かうことになる。
エントランスに着くと、丁度バトラーが扉を開け、ノエを屋敷の中へ通したところだった。
「ノエ、お帰りなさい!」
スノーはそのままノエに抱きついた。
「スノー、絵の具がどこかについているかもしれない。そんな風に抱きついたら、汚れてしまうよ」
そう言いながらもスノーを受け止めたノエは、その頭を優しく撫でている。
「ノエくん、おかえりなさい。今日は少し、遅かったわね。お腹、空いていない? よかったらご飯食べて帰らない?」
ロレナに聞かれたらノエは「遅くなり、申し訳ありませんでした。……少し、集中し過ぎてしまったようです。夕食はお気持ちだけいただけます。ありがとうございます。すぐに道具を置いたら、帰りますから」そう言って微笑むが……。
少し、元気がないように感じる。
よほど集中して絵を描いていたのかしら。
でも……創作活動は集中力を要するし、いろいろ消耗するわよね。
「えー、せっかくのお義母さまのお誘いなのに!」
少し頬を膨らますスノーの肩を押しながら、ノエはアトリエへ向かい、歩き出す。
「スノー、ごめんよ。帰ったらロレンソさまにいろいろ教えてもらう必要があるんだ。俺はまだまだ未熟だから……。ちゃんと頑張って一人前になったら、もっとスノーとも一緒にいられると思う。今は、勘弁してもらえる?」
ノエが優しくそう伝えると、スノーの頬のぷっくりは消えていく。代わりに……。
「ノエは偉いね。診療所のお手伝いもして、絵を描いて、勉強もして。本当によく頑張っているわ。大丈夫、疲れないの?」
「俺は大丈夫だよ。何せ不死鳥がついているから」
そんな会話をする二人の後について歩いていたロレナは……。
「疲れた時は甘い物、って言うわよね。私、ちょっとお菓子をとってくるから。二人のこと、お願いしてもいいかしら?」
「勿論です。お義母さま。アトリエでお待ちしていますわ」
私の返事に頷いたロレナは、珍しく早歩きで厨房へと向かう。
ロレナはこの世界の住人なのに、気質は私がいた世界の姉御肌の女性と似ている。ちゃきちゃきしているし、お酒も強くて、行動力もあった。一緒にいて疲れないし、変に気を使う必要もない。義母に恵まれたとしみじみ思ってしまう。
アトリエにつくとノエは道具を片付け、少しだけスノーとおしゃべりをする。そこへロレナが戻って来て「ロレンソ先生と一緒に食べてね」と、何やら紙袋いっぱいでお菓子を渡している。ノエは驚いたが、厚意を無下にすることはない。ちゃんと御礼の言葉を重ね、紙袋を受け取り、ロレンソの所へ帰って行った。
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