132:社交界デビュー
それにしてもこの舞踏会に街の人間が招待されるなんて異例中の異例だ。でもあの魔法薬の事件を経て、ゴメル地区の再開発も進んでいる。ロレンソの診療所には多額の寄付がなされ、ロレンソはそれを街の人に間違いなく還元していた。
だからと言って、街の人々の貴族に対する嫌悪感は、なくなったわけではない。でも王室に対する見解は、好意的なものに変わっている。何より医療が充実するのは、街の人にとってはありがたいこと。ピラミッドの頂点と底辺の歩み寄りが、少しずつ進んだ結果、それがロレンソ達街の人々の、舞踏会への招待だったのだろう。
もしかするとこの舞踏会に、ノエも行くのかしら? もし彼が行くなら、スノーをエスコートしてもらい、そのまま社交界デビューしてもいいかもしれない。
ガレシア王国では、社交界デビューのルールが、かなり緩和されている。というのも以前は前世でいうところのデビュタントも行われていた。だか……。
国王陛下夫妻と社交界デビューを飾る令嬢の挨拶は、6時間という長丁場になったことがあった。その結果、当時の国王陛下は体調不良となり、その時の病が原因で崩御してしまう事態になったという。
以後、ガレシア王国では「王族主催の舞踏会に初めて足を運ぶ=社交界デビューした」と認めるという、かなり緩和されたルールに変更された。
いろいろ考え、視線をアルベルトに戻す。
アルベルトの問いに対し、レオナルドは「それは名案ですね」と即答し、私を見ている。同意を示すべく私もすぐに頷いた。それを見たスノーは「私も一人前のレディになれるのですね!」と大喜びだった。
◇
王宮からの帰りの馬車では、スノーの社交界デビューの話で大盛り上がりとなった。社交界デビューでは、白のドレスと白のオペラグローブの着用が必須。この装いをすることで、今日の舞踏会で社交界デビューをしたのだと、周囲も分かることになるからだ。
本来であれば、1年前ぐらいにドレスをオーダーするのだが……。
そこはマルティネス家。アズレークがいる。彼の魔法でスノーには、世界でただ一つの素敵なドレスが瞬時に用意できることを、アルベルトも分かっていた。だからこそ、今日昼食をとりながら、スノーの社交界デビューを提案してくれたのだろう。
「パトリシアさま、アズレークさまはスノーのために、どんなドレスを出してくれるでしょうか?」
「それはもう、世界で一番美しい純白のドレスを出してくれるに違いないわ。後はもう……! スノー、ダンスはできるのかしら?」
私の問いに、スノーは困ったように首を傾げる。スノーは家庭教師から、ダンスの基本を習っていたものの、そこまで本格的なレッスンを受けているわけではない。だが社交界デビューするからには、ダンスは必須。これは……練習の必要がある。
舞踏会までは約20日。基本を習っているなら、なんとかワルツだけでもマスターできれば……。
屋敷に戻ると、義母のロレナにアルベルトからの提案、すなわちスノーの社交界デビューについて話すことになる。
「まあ、そうなのね。王太子さまが自らスノーちゃんにそう言ってくださるなんて。とても光栄なことよね? 分かったわ。ダンスの先生をすぐ手配するから」
ロレナはそう言うと、すぐに手紙をしたため始める。一方の私は、屋敷にやってきたノエに、スノーの社交界デビューについて話すことにした。
屋敷にやってきたノエは、いつも通り、薄いピンク色のシャツに濃い目のグレーのズボンと、身軽な装いだ。ちなみにスノーと私は、ラベンダー色のお揃いのワンピースを着ていた。
「そうなのですね。ロレンソさまから、月末に舞踏会へ連れて行く予定だから、今週末はテールコートを買いに行くと言われていました。恐らく、その舞踏会のことだと思います。アオイさまも一緒に行くことになっていて、今、ダンスの特訓を僕としていますよ」
「やはりそうなのね。……スノーのエスコートをノエにお願いしたいと思っていたの。でもそれは……無理かしら? アオイさまをノエがエスコートするのよね?」
私が尋ねると、ノエは「それについてはまだ何も言われていないので、ロレンソさまに確認してみます。……スノーの社交界デビューはまだ先かと思っていました。でもスノーが社交界デビューするなら、俺がエスコートしたい……という気持ちは勿論あります」と少し恥ずかしそうに微笑む。
その様子を見ると……ノエもまたスノーを女性として意識しているのでは?と思わずにいられない。
「ちなみにノエはダンスの経験は……?」
私が尋ねると、ノエは少し元気のない顔になり、答えた。
「幼い時、一通りは習いました。……ゴメル地区に売り飛ばされる前に」
「……! ごめんなさいね。昔のことを思い出せてしまって」
「いえ、それは大丈夫です。……スノーのダンスの練習、付き合いたい気持ちもあるのですが、画廊のオーナーから新作の風景画を頼むとお願いされていて……」
そこでノエは顔をあげ、すまなさそうな顔で私を見る。
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外出の機会がある方は熱中症に気を付けてくださいねー。
明日もお昼に公開します~
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