130:今晩は……どっちかしら?
「本当にノエくん、ご馳走様です」
「ありがとうね、ノエくん」
義父のエリヒオと義母のロレナが御礼の言葉を述べると、ノエは「とんでもないです」と言い、こう続けた。
「アトリエで油絵を描く機会をいただけただけでなく、宮廷画家の方からレッスンをうけさせていただき、画廊のオーナーもご紹介いただきました。お屋敷にお邪魔する度に、とても美味しいおやつもだしていただき……。大変お世話になっていますし、これぐらいでは全然足りないと思っています」
「まあ、そんな」「その気持ちだけで十分」とロレナとエリヒオは微笑む。
「ノエ、診療所でもよく頑張っているとロレンソから聞いているよ。さらにスノーとも仲良くしてくれて、本当にありがとう。君の絵は国王陛下も見たいと言っていたから、新作ができたらぜひ教えてくれないかい」
レオナルドにそう言われたノエは「え!」と驚き、スノーを見る。「ノエ、すごい! この国で一番偉い人が、ノエの絵を見たいなんて!」とスノーは大喜びだ。はしゃぎすぎて、レストランから出てきた貴族にぶつかりそうになり、そばにいたアオイがその体を慌てて自分の方へ引き寄せてくれた。
ぶつかりそうになった貴族はものすごく怖い目でこちらを見るので、ハラハラしたが、店のすぐそばに止まっている馬車に向かってくれたので、ホッとする。
そこで私もノエに御礼の言葉を言おうとして、ノエの顔が青ざめていることに気づく。もしやスノーから「この国で一番偉い人」と言われたことで、緊張してしまったのかしら? でも確かに国王陛下直々で自分の作品を見てもらうとなったら……緊張して当然ね。
そこで私はノエに「国王陛下は怖い人ではないので、そんなに恐れなくても大丈夫だと思うわ。いつも通り描いたノエの心がこもった絵であれば、きちんとその良さが国王陛下に伝わると思うわよ」と伝えた。するとノエはハッとした顔になり、私を見る。まだ緊張感は残るものの、その顔は笑顔になった。
初めて会った時、ここまでの笑顔になることはなかったと思う。それに女性のように美しいとは思ったが、少し近づきがたい雰囲気もあった。でも休暇から戻り、再会したノエは、ぐっと表情も優しくなり、その美少年ぶりに磨きがかかった気がする。何より笑顔が本当に素敵になった。
「ありがとうございます、パトリシアさま。気負うことなく、いつも通りで絵を描こうと思います。レオナルドさま、完成したらお知らせします」
「ええ。がんばってください」
レオナルドのこの声を合図に、順番に馬車へと乗り込んだ。スノーは窓際に座るレオナルドの膝に両手をのせ、「またね、ノエ! ご馳走様でした!」と大声を挙げる。
見送るノエとアオイが手を振り、馬車はゆっくり動き出した。
帰宅するとすぐ、スノーの入浴の準備が進められる。スノーはドレスを脱ぎながら、今日食べたロブスターの美味しさをメイド達に懸命に伝えていた。さらにノエの素晴らしさを熱く語るスノーは……。
スノーはノエのことが大好きだ。その大好きは、アズレークやマルクスに対するものと同じだと思っていたけれど……。もしかしたら違うのかもしれない。それは異性に対する好きなのでは……?
妹にしか思えないスノーが恋をしているなら。勿論、応援したいと思う。何よりノエはとてもいい子だ。スノーを大切にしてくれる。
「後はメイドにまかせていいかな。お風呂上りに僕達がいると、スノーはまた興奮しておしゃべりをしたがり、なかなかベッドに行かず、寝付かない可能性もある。僕達も部屋に戻り、入浴をしよう」
レオナルドの提案に同意し、ドレスを片付けているメイドに、スノーのことを頼むと声をかけ、部屋を出る。
「パトリシア。今日は僕が君の部屋に行くよ」
優雅な笑みを浮かべるレオナルドを見ると、心臓がドキッと反応してしまう。
今晩は……レオナルドのままなのかしら。それともアズレーク?
ドキドキしながら自室へ向かった。
◇
翌日以降、ノエはいつものように屋敷へやってきて、スノーと共に油絵を描く日もあれば、公園へと向かう日もある。変に根を詰めることなく、スノーと一緒に伸び伸びと過ごしているからだろうか。ノエが描く絵に軽やかさが加わった。
これまで写実的に描く絵には、濃い陰影が多かったと思う。でも今は光が加わり、影よりも光の強弱で人物や物が表現されているように感じた。その変化は週に一度やってくる宮廷画家も感じたようで「このテイストも実に素晴らしい」と絶賛していた。
こうしてノエが招待してくれた夕食会から十日が過ぎた頃、ノエの新作が完成した。それはアトリエの窓から見える庭園を描いたものだが、光に溢れ、見ていると開放的で明るい気持ちになった。
何より彼が他の画家と違うのは、自身の中で完成した作品に、その後手を加えないことだ。画家によっては一つの形になった後も、筆を入れ続ける……というのはよくあることなので、潔いというか、ノエらしいというか。
その完成作品はアズレーク……レオナルドが預かり、国王陛下に見てもらうことになっている。ただ、国王陛下は今、王宮にいない。小国だが友好国で新しい王が誕生し、その戴冠式に参列しているからだ。来週には戻るというが、久々の外交で国を離れたので、国王陛下はご機嫌らしい。
王太子の頃は、外交で他国へ足を運ぶこともそれなりにあった国王陛下だったが、即位後は王都でいる時間が圧倒的に増えた。よって少し窮屈に感じていた国王陛下は、今回の外交で羽を伸ばすつもりらしいと、アズレークは教えてくれた。
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