4:ちゃんと説明します
「アオイ様」
遠慮がちに声をかけられ、私はぼんやりと頭の中で「アオイ様?」と疑問符を浮かべる。寝ているということは、一人暮らしのワンルームか実家にいるのだろうが。一人暮らしの部屋で私に声をかける人はいないはず(いたらホラー)。そうなると実家だが、両親も兄も私のことを「アオイ様」なんて言わない。
どういうこと?
そう思い、目を開け、美貌の男性が目に飛び込んできて、盛大にドキッとする。
でもそれはほんのわずかなことで。
自分が置かれている状況を思い出す。
ああ、この美貌の男性はロレンソであると。
「目覚められましたか? 随分と待たせてしまいましたが、午前の診療が終わりました。お昼というより、既にアフタヌーンティーの時間ですが、昼食を食べに行きませんか?」
「! 勿論です。行きます。すぐ着替えます!」
「慌てずで大丈夫ですよ」
優雅に微笑むロレンソは……本当に、ラノベで読んだ通りに品がある。既に白衣を脱ぎ、シャツにベストとズボンという姿のロレンソは、着替えができるよう、ベッドの周囲のカーテンを引いてくれる。
私は大急ぎで着替えをして、そして……。
習慣で、鞄の中のスマホとお財布に手を伸ばし、これはいらない……?
そう思ったが。
私は……ロレンソに全て正直に話すつもりでいた。つまり、こことは違う世界からこの世界にやって来たのだと。そしてこのスマホ、お財布の中の現金は、別の世界から来た証拠になりうる。
鞄の中にいれていた小さなサイズのトートバッグを取り出し、そこにスマホとお財布をいれ、胸の前で抱きしめるようにして、カーテンを開ける。そこにロレンソの姿はないと思ったが、扉を開け、廊下に出ると、ロレンソが待っていてくれた。
「では、行きましょうか」
そう言って廊下を歩き出したロレンソは、受付にいた看護師のことを紹介した後、診療所の出入り口の扉を開ける。ラノベ通り、建物の二階に診療所はあり、階段を下りて、外に出ると……。
これがガレシア王国の王都なんだ――!
ラノベの中で描写されていた世界が目の前に広がっている。
「アオイ様?」
「あ、はい!」
ロレンソの横に並んで歩き出す。
あまりキョロキョロしない方がいいと思うが、知っているようで知らない世界。つい目が泳ぐようになってしまう。
「アオイ様はその袋を随分大事そうに抱えていますね」
「あ、はい。パトリシアがスリにあったと書かれていたので、注意しないと、と思いまして」
その瞬間、立ち止まったロレンソが私の腕を強めに掴んだ。
「アオイ様。あなたはパトリシア様のことをご存知なのですか? スリにあった……そんな個人的な事情も知っているのですか?」
落ち着いて品のあるロレンソとは思えない語気の強さに、驚いてしまう。
同時に。
ロレンソの心にはいまだ、パトリシアがいるのだと感じてしまう。
「あ、えっと、はい。そうですね。パトリシア……様のこともよく存じ上げています。なぜ知っているのか、それはちゃんと話すつもりです」
「……そうですか。分かりました」
ひとまず私の腕から手を離したけれど。
警戒されてしまった。
そのことを実感する。
これはもう、早く話さないと不信感が募ってしまう。
どこにいこうと思っているか分からないが、早く――。
「ここのお店です」
「!」
こ、このお店は!
パトリシアとロレンソが初めて食事をしたお店ではないか!!
ということは向かいのお店は……。
まだこの時間なので開いていないが、飲み屋がある!
「アオイ様?」
「す、すみません」
お店の中に入ってもいちいち感動しそうになり、気持ちを落ち着かせるのが大変だった。さらにあの窓際の席に案内された時は……。まるでラノベの舞台になった場所を、聖地巡礼している気持ちになってしまう。
ちゃんと窓からあの飲み屋も見えている……!
「アオイ様、あなたは……なんだか不思議ですね。さっきから見るものすべてに感動されている。ここは決して裕福とは言えない街の人々が暮らす場所。感動するようなものがあるとは思えませんが?」
「そ、そうですよね。でも私にとってはすべてが感動できることなんです。あ、ホワイトソースがかかったニョッキのような料理、昼間でも食べられますか? あとデザートでアーモンドのケー……」
ロレンソの顔が、分かりやすく引きつっていることに気づいてしまう。
ヤバイ。
非常に。
つい、調子に乗ってしまった。
「すみません。ちゃんと説明しますから」
ロレンソはため息をつくと、「ランチの料理は一種類と決まっていますから。アーモンドのケーキはあると思うので、頼みましょう」と言うと、店員に目配せをする。
あ、あの店員は、ロレンソの笑顔にドキドキしていた人?
いや、落ち着いて、私。
これ以上いろいろ反応すると、ロレンソに見捨てられるかもしれない。
「それで、なぜアオイ様、パトリシア様のことをご存知なのですか?」
お読みいただき、ありがとうございました!
明日も夜に公開します。
本日と同じぐらいの時間ですので
ご無理なく&よい週末を☆
引き続きよろしくお願い致します。



























































