3:異世界で初めて食べる物
「失礼します」
声に顔をあげ、扉を見て驚く。
襟足の長い赤い髪に、トパーズ色の瞳、小顔でスリムで、中性的な美しさがある。白シャツにココア色のベストにズボン、ロレンソのように白衣を着ている姿から想像するに……多分、彼がノエくんだ!
「アオイさま、初めまして。俺はノエ・オテロと言います。ロレンソ先生の養子で、この診療所をお手伝いしています」
アオイ……葵、つまりは私の名前。
ロレンソに名前を伝えているので、ノエくんも私の名前を分かってくれていた。
「ノエ……くん、はじめまして。私を見つけてくれたと聞いています。助けてくださり、ありがとうございます」
「いえ。当然のことをした迄です。お怪我もなく、良かったです」
そう言って微笑むノエくんは……予想以上に好感度が高い! 魔法薬騒動でやんちゃなことをしていたが、見た感じロレンソみたいに上品だし、素直に見える。
「この診療所はお昼休憩の時間も診療を続けるので、お腹が空いてしまうだろうとロレンソ先生が心配されて。きちんとした昼食は後程ご用意しますが、軽食を用意しましたので、召し上がってください」
見るとノエくんの後ろにはワゴンがあり、そこに食べ物がのせられている。トレイで私に渡されたものは……小さなサイズの林檎、焼き菓子、そして今まさに入れてくれた紅茶だ。
「ありがとうございます!」
「廊下にワゴンを置いておきますので、食べ終わったらトレイはそこに置いてください」
私が返事をすると、ノエくんはカーテンが引かれているベッドの方へ、トレイを手に向かって行く。シチューだろうか。美味しそうな香りがしている。
その瞬間、空腹を覚え、添えられていた濡れタオルで手を拭き、林檎へと手を伸ばす。
異世界で初めて食べる果物。
少し口を大きく開け、歯を落とすと。
くしゅりという感じで柔らかめの果肉が、歯に食い込んでいく。じゅわっと酸味と甘みのある果汁が、舌の上に広がる。くしゅっと噛み切り、口の中で咀嚼した林檎の果実は……。
シャキシャキ食感とは違う、柔らかめの食感。でも味は甘みの方が強い。そして香りがいい。
あっという間に林檎を食べ終え、焼き菓子を口に頬張る。
外はサクッとして中はしっとり。バターの素朴な味わいがしている。普通に美味ししい。
紅茶を一口飲むと、そちらは渋みはなく、まろやかで飲みやすかった。
二つあった焼き菓子を食べ終え、紅茶を飲み干すと、空腹は収まった。が、まだまだ食べられそうだ。でも贅沢は言えない。確認したわけではないが、多分、ロレンソは私がここにベッドで休んでいることに対しても、この軽食に対しても、お金を要求することは……ないと思う。
ラノベ通りのロレンソであれば、彼は無一文の私からお金を要求することなんてないはずだった。つまり無償でもらった食べ物。もっと食べたいとは言えない。
トレイを廊下におかれたワゴンに戻し、ちらりと待合室の方を見ると、ラノベに書かれていた通りの絵画が見え、そして沢山の患者がいる。やはり街の人に人気の診療所だ。
ベッドに戻り、考える。
この鞄と財布は革製。質屋みたいなところがあるなら、売れないかな……?
他にも売れるものがないかと探っていると、入院患者の昼食を食べさせる手伝いを終えたノエくんが、一度部屋を出て行き、それからしばらくして再び戻って来た。
「アオイさま、良かったら、こちらへお着替えください。もし横になられるなら、起きた時で構いませんから」
ノエくんが渡してくれたのは、ワンピースだ。
シンプルな半袖のクリーム色。
そうか、ズボン姿を見て、ロレンソは驚いていたものね。
「ありがとうございます」
ワンピースを受け取った私に、ノエくんは微笑んだ。
「アオイさまは、とても美しい髪をしていますね。黒髪は珍しいですし、こんなにサラサラされているのは……セシリオさまみたいです。あ、すみません。セシリオさまというのは、王宮付きの魔術師レオナルドさまに仕える魔術補佐官の一人で、アオイさまに近い、黒みがかった緑髪をされており、いつも結わいている髪はとても長く、サラサラなんですよ」
……!
ノエくんの言葉に全身が喜びで震えてしまう。
魔術師レオナルドさまの名をここで聞くことになるなんて……!
ここが自分の読んでいたラノベの世界だと実感してしまう。
しかもセシリオ!
最近、登場した男性キャラの中では、もし絵があればかなりの美貌だと思っていた人物だ。もしかして会えるのかな? というか今、この世界はどんな状況なんだろう? ノエくんがいるということは、魔法薬事件が解決した後。
ということは魔術師レオナルドさま……アズレークとパトリシアは、新婚休暇中なのかな?
「魔術師レオナルドさまは相変わらずお忙しいのですか?」
「今はプライベートで忙しいと思いますよ。何せ今日から新婚旅行を兼ねた一カ月の休暇に入られますから」
そうなのか。その時系列の世界に転生したのね!
ということは今頃、二人はシーラに到着して、テラスで昼食中かぁ。
いいなぁ。見たいな、二人のこと。
でも一カ月は王都には戻らないのか。
「アオイさま、少し横になられますか?」
「いえ、大丈夫です。起きています」
ノエくんにはそう答えたのだけど。
その後、トイレに行き、ベッドに戻ると、なんだか眠くなってしまい……。
気付けばベッドに横たわっていた。
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明日は夜に公開します。
夜更かしされない方は、日曜日のお目ざめになった時に
お楽しみいただけると幸いです☆
今週も暑い中、お疲れさまでした!
引き続きよろしくお願い致します。



























































