121:どうして……?
コミュニティセンターに着くと、そこにはマチルダがいて、イリアナの他、三人の男性もいた。夜の公演で舞台に登場する一般客は五人。三人の男性は、通行人や騎士など、イリアナのように舞台に登場する時間は短いが、登場回数は多いという端役担当だった。
現在、舞台が上演されるホールは別の演劇サークルの公演が行われている。だから地下にある部屋で練習をすることになった。まずは用意されていたシンプルなベージュのワンピースにイリアナと私は着替えた。他の三人の男性達も白シャツにグレーのズボン姿だ。
その後は舞台に出演する俳優、スタッフの紹介があり、すぐにストレッチをして軽く運動を行った。続けて発生練習。その後は通し稽古が始まり、私以外は出演のタイミング、そこで何をするかを徹底指導されていた。私は個別で台詞の練習。アズレークはスタッフたちが座る椅子の近くに腰をおろし、皆の練習を眺めていた。
この練習時間は……とんでもない集中力を要した。同時に、これまで演劇は観劇する立場だったが、どうやって舞台が完成され、磨かれて行くのか、それを目の当たりにした気分だ。間違いなく、今後、演劇であれオペラであれ、観劇する際の姿勢が変ると思った。
さらにはたまたまマチルダに声をかけられ、言われるままにここまできてしまったという気持ちが練習前はあったのだが。ひと通りの練習を終えた今は違う。偶然だったと思うが、貴重な機会に恵まれたと思ったし、一言用意されている台詞にすべてを込めようと強く誓うことになる。
こうして公演時間が近づき、イリアナ他三人の男性ともども、実際の舞台の衣装に着替えた。私はシンプルな白のシュミーズドレスで、イリアナはメイド服を着ている。三人の男性は黒のテールコート姿だ。アズレークは最前列の端の席を確保し、私を見守ることになっている。私以外はこの後、着替えと登壇で大忙しのはずだ。
「間もなく開演です!」
マチルダの声に皆が配置についた。
◇
舞台は問題なく進行している。
私は控え室で台詞及び棺に収まり出るの練習を繰り返し、時々舞台袖で本番の様子を確かめさせてもらった。
自分の出番はまさに終盤。
まだまだ時間はあると思っていたが、その時がいよいよ近づいてきた。ドルレアンの魔女役の女優さんは、リラックスした雰囲気で私の肩をもんで「大丈夫。あなたすごい集中力だから。問題なくできるわよ」と励ましてくれる。それに対して御礼を言いながらも心臓のドキドキが止まらない。
再びドルレアンの魔女役の女優さんが舞台に登場し、そして――。
「次の暗転で舞台装置が入れ替わります。スタッフが誘導するので、棺に入ってください」
男性スタッフの指示に頷く。
舞台が暗転する。
「動きます!」
その後はもう嵐のような勢いで動くことになる。
すべきことが決まっているので、緊張うんぬんは関係なくなり、気づけば……棺に収まっていた。
目を閉じているが、瞼にライトを感じる。予想通りの体勢なので少し苦しいが、それを我慢し、瞼が震えないよう、手が震えないように努める。同時に、この後の進行を頭で素早く確認した。
すぐにドルレアンの魔女が登場し、私に短剣を振り下ろす。そして王太子が来て舞台は暗転する。
進行を思い出したところで足音が聞こえてきた。いよいよだ。
「もうお終いよ、ベラスケスの聖女」
「待て、ドルレアンの魔女」
「あ、あなたは……」
「ドルレアンの魔女、お前はもう破れた。これ以上、罪を増やすまでもない。お前の魂はこの魔王がいただこう」
目を開けたかった。
でも今、開けるわけにはいかない。
でも今聞こえている声は……アズレークだ。
アズレークが魔王を演じている。
こんな筋書き、台本に書かれていないし、通し稽古にもなかった。
な、どうして……?
混乱するが、舞台は暗転し、再び明るくなった。
「先程、魔王がドルレアンの魔女を連れ去った。その際、棺で眠るベラスケスの聖女に会いに行くといいと言っていた」
王太子役の男優の声が聞こえてきた。
台本にない台詞を話している。
アズレークが魔王としていきなり登場したので、王太子がアドリブの台詞で軌道修正していると理解した。
足音がして、王太子が棺のそばに近づいている。
「不思議だ。ベラスケスの聖女は死んでいるはずなのに。その頬はうっすらと薔薇色に染まり、唇の血色もなんだかよくなっているように思える。まるで……今にも笑いだしそうな気がする」
突然、頬に触れられ、声が出そうになるが我慢する。
「ベラスケスの聖女、もしやあなたは生きているのですか……?」
もう台本には頼れない。
今の台詞を合図だと信じ、目を開ける。
眩しさに目が眩みそうになる。
「ベラスケスの聖女、あなたは……生きていたのですね!」
「はい。ドルレアンの魔女に渡された林檎を食べ、仮死状態にありました。でもその魔法の効果が消え、目覚めたようです」
「おお、そうなのですね! それは良かった」
王太子にエスコートされ、棺から出る。
「ベラスケスの聖女、生きていて良かった! あなたこそが、私の婚約者だ!」
ここからは台本通りで王太子に抱きしめられ、キスをしているフリをして、幕が下りるのを待つ。
幕が下りると慌てて舞台袖にはける。
会場からは既に拍手喝采が聞こえてきていた。
「一体全体、どうしたんだ?」
王太子役の俳優が舞台袖にいたスタッフに尋ねる。
「それが、ドルレアンの魔女が持っていた短剣、あれ、本物だったみたいなんです!」
「何!? つまり真剣だったということか!?」
「はい、そうです! そのことに観客席にいた男性……俳優さんですか? 練習の時もいましたよね? ともかく彼が気づき、うまいことその場を納めてくれたんですよ」
この事実に驚くが、別のスタッフが「カーテンコール始まります!」と叫ぶので、それ以上は聞けない。
その後は結局、観客の興奮が収まらず、カーテンコールは5回行われ、そこでようやく舞台の幕は完全に降りることになった。
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