120:嫉妬
アズレークから賞賛を受け、さらに笑顔になったマチルダに、気になっていることを尋ねてみた。
「あの、マチルダさん。率直な思いとして、一般客を舞台に参加させる必要はあったのでしょうか? 俳優さんの演技は完璧ですし、わざわざ最後の見せ場のシーンを一般客に演じさせる必要ってあるのでしょうか?」
私の問いにマチルダは笑顔のまま答える。
「通常の公演であれば、最初から最後まで、俳優で演じ切ってお終いでもいいと思います。でも演劇祭は一年に一度のイベントですから。一般客の方にも一生忘れられない思い出を作って欲しいと思うのです」
そこでさらにこんなことまで明かす。
「おっかなびっくりで舞台に参加してみたけれど、それをきっかけに演劇を観るから演じるに変化した人、人前に出ることが苦手だったのに克服できた人、人生観が変わったという人、いろいろな声を聞きます。ですから一般客参加型のスタイルをとっているのですよ」
「そうだったのですね。そんな理由があったなんて……。なんだか声をかけられたままに参加することになり、申し訳なく感じちゃいます。本当に私でいいのでしょうか? ぜひ出演したいという方が、他にいそうに思えますが……」
私の問いにマチルダは首を振る。
「参加したいと言い出せる人は少ないので、こちらから声をかけることの方が多いのですよ。自分から出たいと言ってくださる方は、勿論、出演していただきます。でもパトリシア様は別格というか……。間違いなく、今後、女優もやっていけると思いますよ!」
「そ、それは……!」
まだ演技を一度も披露していないのに。そんな風に言われることにドキドキしてしまう。困ってアズレークを見ると、彼は優しく私を抱き寄せ、マチルダに尋ねる。
「これからパトリシアと昼食をとるつもりだ。何時にどこへ集合すればいいかな? あと練習には、私も同席していいだろうか?」
「13時半にコミュニティセンター入口に再集合でお願いします! 勿論、アズレークさんは練習に立ち会っていただいて構いませんよ。……なんのおもてなしもできませんが」
こうしてアズレークと私は昼食をとるため、ホールを出た。
◇
ホテルにはレストランが二つあった。
一つは昨晩利用した。そして今朝の朝食もそのレストランだった。だから今日はもう一つのレストランの料理を、部屋へ運んでもらうことにした。つまりルームサービスを利用し、昼食をとることになったのだが……。
集合場所であるコミュニティセンターの周辺にも、沢山の飲食店があった。
てっきりそのいずれかの飲食店で昼食、となると思ったのだが。アズレークがホテルへ戻り、ルームサービスを利用することを提案した。特に行ってみたいレストランがあったわけではない。それにギニオンの街には、まだ来て二日目。そして滞在は二週間あるのだ。時間はいくらでもある。
よってアズレークの提案を快諾し、部屋に運ばれてきた料理を楽しんだ。
ギニオンは背後に山が迫る街。よってジビエ料理のメニューも充実していた。今回その一つであるイノシシ肉をフライパンで火を通し、その後オーブンでじっくり焼いたものをいただいたのだが……。
肉が実に柔らかい。口の中でじわ~っと肉汁が溢れてくる。これにはニンニクを使ったソースが合うと言われた。だが私はこの後、舞台に立つのだ。粒マスタードをつけ、いただいたくことにした。
粒マスタードのビネガーとワインの風味が肉汁と混ざりあい、実に絶品! 辛みが抑えめなので、たっぷり肉につけて楽しむことができる。
さらに山菜、キノコ、ゴボウのフリットに、焼き立てパンを食べ、満足できた。
今回、コース料理にせず、単品で頼んだのは、午後の舞台の練習に備えてだった。その結果、集合時間まで十分時間が余っている。するとアズレークはメイドが食事を終えた食器を片付けてくれると、私のことを抱き寄せた。
少しスキンシップでもするだけかと思ったら、どうもそうではないようだ。アズレーク曰く、さっき見た公演で、最終的にベラスケスの聖女と王太子が結ばれた結末には……納得できていなかったらしい。
それでもあれはあくまでフィクションであると分かっている。だからマチルダや演劇サークルに対し、文句を言うつもりはない。でも最後に王太子とベラスケスの聖女はキス(をしているフリだと思う)をして終幕したわけで……。
つまり、アズレークは嫉妬してしまった。
王太子を演じた俳優は、アルベルトに似ていた。でもベラスケスの聖女を演じたのは、一般客であり、私ではないと分かっている。それでもアズレークとしては気持ちが収まらない。
かくして昼食後に、思いがけずアズレークに求められることになり、驚いてしまったが。番の本能として、一度結ばれた相手に対する愛情は絶対。そのことをアズレークが分かりやすく示してくれていることは、なんだかとても嬉しくなってしまう。
結局、アズレークに求められることは、私にとっては喜びなのだ。しかもする必要のない嫉妬をアズレークがしているのは……なんだか微笑ましく思ってしまう。
密度の濃い昼食の時間を過ごし、再びコミュニティセンターへと向かった。
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続きは明日のお昼に公開です。
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