119:まさにアルベルトそっくり
台本は朝食の後、目を通していたので、舞台の流れは頭に入っていた。でも実際に演者が役になりきり、台詞を口にするのを観ると……。台本とはなんだか全然違う。
臨場感、躍動感、高揚感。
目の前で感じる役者の呼吸、熱量、動きを観ていると、台本と同じ物語なのに、なんだか全然違うものに感じられる。しかもこれはカロリーナと私の物語だった。それがなんだか全然違うものに思えてくるから不思議だ。
それでも。
王太子の寵愛を得ようと、ドルレアンの魔女とベラスケスの聖女が喧嘩している様子は……デフォルメされた演出もあるが、懐かしくも感じる。
それに王太子役の俳優は、完全にアルベルトに寄せてきており、見た目は一瞬、アルベルトと思うぐらいだ。つまりとても見た目がいい。そのせいだろうか。リピート客が多く、そして女性客が多く、満席だ。
「ベラスケスの聖女、あんたは本当に、死んでもなお、王太子様の心を離さないのね」
カロリーナ役を演じる女優の声に、舞台へ目を戻す。
今、まさにラストに向け物語が動き出し、そしてここからが私が演じることになるベラスケスの聖女の出演シーンでもある。
「いいわ。あなたのことを今度こそ、正真正銘、殺してやるから!」
良く通る声で宣言する女優は、オレンジブラウンの髪に琥珀色の瞳。瞳の色は違うが、こちらもまたカロリーナに寄せていた。
舞台が暗転し、場面は教会の中。祭壇には棺があり、ベラスケスの聖女はあの中で眠っている。そこに眠っていると観客に見えるよう、棺は縦にしてあり、さらに斜めにして祭壇に寄りかかるようにしている。だから棺の中で眠る女性の姿も、観客席からよく見えていた。
私の役を演じているのは……恐らくこの舞台に参加している一般客なのだろう。巻き毛の金髪の女性で、胸の上で組んだ手は、少しだけ震えている。
棺は斜めに立てかけられている状態で、床と接する部分には、穴が開いているのだろう。その穴から足を出す。つまり床に足をついているはずだ。つまり棺の中の女性は、起立した状態で、体を少し斜めにしている。
寄りかかり、全体重をかけると棺が倒れてしまう。棺の中で眠るという役であるが、実際は意識もあり、体を支えている。何気にキツイ体勢だ。
「もうお終いよ、ベラスケスの聖女」
棺に歩み寄ったドルレアンの魔女が、手にしている短剣を振り下ろす。そこに王太子が現れる。舞台は暗転する。
再び明るくなると、王太子は剣を手に、ドルレアンの魔女は尻もちをついた状態で彼を見上げている。
「ドルレアンの魔女、君はなんてことをしてくれたのだ!」
王太子の瞳からは涙がとめどなく流れ落ちる。その姿を見ると。アルベルトが泣いているところは見たことがないので、まるで彼が泣いているように見え、驚いてしまう。
「王太子様、私は」
「もう、君にはウンザリだ!」
王太子が剣を振り下ろし、ドルレアンの魔女は倒れ込む。するとドルレアンの魔女の首が床を転がり、観客席から悲鳴が漏れる。
これはドルレアンの魔女役の女優が舞台上で倒れた瞬間、自身の頭を胸の方に隠している。同時に祭壇の裏手からだと思うのだが、マネキンで作ったドルレアンの魔女の顔を転がしたのだろう。でもそのタイミング、薄暗くした照明、役者の迫真の演技。それがすべて見事にクロスし、本当に首を落とされたように見えた。
王太子は剣をしまい、棺に駆け寄る。棺の中のベラスケスの聖女の胸には、短剣が突き立てられていた。
号泣しながら王太子が短剣を抜くと……。
ベラスケスの聖女は息を吹き返す。
「ベラスケスの聖女、あなたは……生きていたのですね!」
「王太子様のペンダントのおかげで、助かりました」
私が演じることになるベラスケスの聖女の、このシーンでの唯一の台詞だ。
これを聞いた王太子は、ベラスケスの聖女を棺から起こし、二人は抱き合い、熱いキスを交わしてフィナーレとなる。キスは……本当にはしていないと思う。私の席からは完全に王太子の後頭部しか見えないが。
これで終わった。
そう思った次の瞬間。
パラパラと聞こえた拍手が、会場全体に広がって行く。気が付けば拍手喝采で、周囲の席の女性は立ち上がり、声援を送っていた。
カーテンコールは3回行われ、この作品がかなり人気作であることを実感する。
舞台ではほぼ無言で目を閉じ、少し苦しい姿勢をキープし、最後に一言、声を出すだけだ。しかもラストシーンは一般客参加型で、それまで演じてきた女優とは違う、一般人が演じることも事前に告知されている。
ちゃんと知った上で、観客は観劇するのだ。だから例え素人っぽさが出ても許してもらえる……とは思うのだが。作品全体を通して、とてもクオリティが高い。最後までプロの俳優が演じればいいのに……と思わずにいられない。
舞台の幕が完全に下ろされたので、観客たちが次々と席を立つ。アズレークと私も立ち上がり、出入り口に向かう。するとマチルダに声を掛けられた。
「パトリシアさん、アズレークさん、舞台はどうでしたか?」
イリアナは昨晩、公演を観ているからだろう。マチルダにお辞儀し、アズレークと私にも会釈すると、エントランスへと歩いて行く。
「カーテンコールも3回あり、人気作だと実感しました。ドルレアンの魔女の首を落とすシーンの演出も完璧で、ドキッとしましたし、演者の方も素晴らしかったと思います」
「そうですか。それは良かったです!」
マチルダは心からの笑顔になる。
アズレークも、観客が舞台を楽しめるよう、随所に工夫があったことが素晴らしいと褒めた。おかげで最初から最後まで楽しめたこと。棺が立てかけられていたので、聖女の姿が見やすくて良かったとを、さらにつけ加えた。
「観客の皆さんの感想を、こうやって聞けると励みになります!」
満面の笑みのマチルダは、本当に嬉しそうだ。
お読みいただきありがとうございます!
王太子アルベルト、懐かしい。
続きは夜に更新しますね。
引き続き何卒よろしくお願いいたします!



























































