118:観劇
公式公演で見た演劇は、演出が斬新だとマチルダから聞いていたが、確かにその通りだった。物語としては、ギニオンの街で王都からやってきた上流貴族の令嬢と街で本屋を営む男性が身分違いの恋に落ち、でも結ばれることはなく、それでも二人にとってそれが最愛として終わる……という悲恋を描いた舞台だったのだが。
雨のシーンでは実際に舞台上で雨が降り、川沿いを歩くシーンでは本物の鳥が飛んでいたり、入浴シーンでは本物の泡風呂に入っているなど、驚く演出があった。
悲恋だったが、劇としての演出が新鮮だったので、観客の満足度は高い。観劇後、ホールから出て行く観客は、口々にその作品を称賛していた。
アズレークと私も、演劇としてはスゴイと感嘆し、でも最後は幸せが一番だということで落ち着いた。その後はすぐにホテルに戻り、まだ開いていたホテル内のレストランで、軽く夕食を済ませた。
小腹を満たすため、公演を観る前に食べた軽食のおかげで、そこまで空腹ではなかったからだ。キッシュとサラダを軽くつまみ、部屋に戻った。
部屋にはメイドが既に泡風呂を用意し、待っていてくれた。私達がホテルに戻り、レストランで軽食をとっていることは、部屋付きのバトラーが把握していたようだ。その後の寝る準備がスムーズに進むよう、先回りし、用意してくれたのだろう。おかげでロスタイムなく、寝る準備が整った。
明日は午前中から「ドルレアンの魔女とベラスケスの聖女」の公演を観ることになっている。だからアズレークは一度だけ、私を抱いて眠りについてくれたのだが。その一度はまるで初めて結ばれた時のように、限りなく優しく、それでいて濃密なもの。逆鱗の反応を抑える魔法は解除していなかったのに、まるで解いたぐらい、私の気持ちは高揚してしまった。
深く心身とも満たされ、アズレークの胸の中ですぐに眠りへと落ちていく。
眠りが深かったせいか、翌朝は自然と早い時間に目が覚めた。それはアズレークも同じだったようで、再び昨晩の延長のような時間を過ごしてから、起きることになった。
魔力は相当減ったが、回復の魔法が必要なほどではない。でも今日は私が舞台に出演するということで、アズレークは魔力をたっぷり送りつつ、回復の魔法もかけてくれた。
こうして万全の体制でホテルの部屋を出ることになる。
今日はシャーベットグリーンのベアトップワンピースだが、同色のチュールスリーブのワンピースを重ね着しているので、過度の露出は感じられないようになっていた。さらに銀細工のベルトをつけることで、ウエストがシェイプアップされている。
髪はハーフアップで銀細工の髪留めをつけることにした。
山と川に囲まれたギニオンの街にいると、大好きな水色系の服より、グリーン系の服を選んでしまう。
一方のアズレークは変らずの黒ずくめであるが、ポケットチーフでワンポイントカラーをいれればいいと私は学習していた。だからアズレークに頼み、シャーベットグリーンのポケットチーフを用意してもらい、自身の胸元に飾ってもらった。
今日も朝から天気に恵まれ、夏の陽射しが時計広場に降り注いでいる。
9時を回った時間だが、既に広場には演者と観客であふれていた。今日はバルーン売りやピエロの姿も見える。多彩な芸達者の人間が集まっているようだ。
これだけ人出も多いのだが、実はスリや盗難の話をこの街で聞くことはない。なんでも数年前の演劇祭では、スリや盗難は当たり前、中には売春の斡旋行為などもあったという。おかげで上流貴族の観光客が激減したため、街はこれらの犯罪行為を撲滅するように動き出す。
演劇祭の最中は、近隣の街から警察や騎士の応援を頼み、彼らが街を巡回するようになった。さらに私服の警察や騎士も祭りの中に紛れ込んでいる。加えて演劇祭の最中の犯罪行為は、すべての刑が通常の倍で課されることになった。
その結果、演劇祭の期間は治安が格段によくなり、上流貴族達も再び足を運ぶようになったのだ。
ここまで徹底してできるのは、期間を区切ったから。その分、演劇祭が終わると、ちょいちょい犯罪は増えてしまうのだとか。
「あ、パトリシアさん、アズレークさん、おはようございます!」
大通り沿いに進み、広場につき、コーラスナイトが行われた市民ホールが見えたところで、マチルダに声をかけられた。
今日のマチルダは明るいオレンジのワンピースを着ており、手にはフライヤーを持っている。どうやらフライヤー配りをしながら、午前の公演の客集めをしていたようだ。
挨拶をするとマチルダは「もう開場しているので、席へ案内しますよ」と言い、自身の後ろに立つ女性に声をかけた。
マチルダが声をかけた女性は、深緑色のワンピースに茶色の髪をお団子状にし、俯き加減でなんだかおどおどした印象だ。
「彼女はイリアナさん。パトリシアさんと同じで、午後の舞台に一緒に出演します。演じるのはメイド役で、舞台に出ている時間はとても短いのですが……。十回は舞台に登場することになるのですよ。昨日の夜公演も観ていただいたのですが、出番が多いため、これからの公演も観たいということで、来てくれました。彼女のことも一緒に案内します」
イリアナに挨拶をすませると、マチルダは私達を連れ、歩き出した。
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