117:偶然の一致?
「ドルレアンの魔女とベラスケスの聖女」という作品について話し終えたマチルダはこう私に告げた。
「公演に参加してくれる一般客には、棺で眠るベラスケスの聖女の役をお願いしているのですよ。棺の中で微動にしないって意外と難しいんですよ。でもあなたはコーラスの最中、一番瞬きが少なく、仮死状態を演じるのに向いていると思ったのです! 何よりも私達が考えるベラスケスの聖女のイメージにピッタリ! とても美しく華があります!」
マチルダはそう言うと私の両手を握りしめる。
これに私は……困惑するしかない。
イメージにピッタリ……。
それは……そうだろう。
私が彼女の言うベラスケスの聖女とイコールなのだから。
王都の事件は、ここギニオンにも文字情報としては伝わってきている。私やカロリーナの姿は似顔絵で伝わっているが、それは必ずしも似ているとは言えない。だからマチルダは私が当事者であると当然気づいていない。
だから私に出演しないかとスカウトするのは……仕方ないだろう。そこはそうだとしても……
一連のカロリーナの事件から、よくこのストーリーを思いついたなぁと思う反面。最後に私が結ばれるのは王太子……アルベルトであることには本当、困ってしまう。世の中的には王太子と結ばれることこそ、王道のハッピーエンドだったと思うのだけれど。
何より、アズレークがどこにも登場しないのが残念でならない。一連の事件の解決で大活躍したのはアズレーク……魔術師レオナルドなのだから。
だからこの出演交渉に対し、私は「ノー」と答えようと思っていたのだが……。そこにアズレークが戻って来た。
「パトリシア、一人にしてしまい、すまなかった。……そちらの女性は?」
そこで私はマチルダを紹介する。するとマチルダは、自分から私に声をかけた理由をアズレークに話して聞かせた。つまり、マチルダが所属する演劇サークル「白い羽」の公演「ドルレアンの魔女とベラスケスの聖女」という舞台に出演しないかと、私を勧誘したと話したのだ。
マチルダの話を聞いたアズレークは、私を見て微笑んだ。
「パトリシア。演劇に出演するなんて、そうある機会ではないだろう。面白いのでは?」
「え、でも……」
「今気づいたのですが、パトリシアさんなんですよね、お名前。偶然の一致とはいえ、すごい! ベラスケスの聖女も名前はパトリシアなんですよ。有名だからご存知かもしれませんが。これもきっと運命ですよ。ぜひ出演してください!」
マチルダにも再度熱烈に勧誘され、私は……首を縦にふることになった。
喜んだマチルダは私に台本を渡し、今日これからの夜の公演を見て行かないかと尋ねた。既に開場しており、中に入ることはできると言われたが……。
アズレークは公式公演される舞台のチケットをバトラーに頼み、手配してくれていた。それは今日の18時から公演スタート。それをマチルダに伝えると。
「あ、そうなのですね。その作品、人気なんですよ。演出が斬新で面白いって聞いています。うちの公演時間と被るので私は観ていないですが、楽しんできてください」
マチルダはそう言って笑う。
どうやら公式・非公式で対立しているのではなく、演劇を愛する人間として、演者同士がリスペクトしているようだ。ライバルではなく、同じ志の仲間。なんだかいい関係性だ。
今日の公演を観られない私達に対し、マチルダは「明日の午前中の公演を観に来てください!」と提案した。
「ドルレアンの魔女とベラスケスの聖女」は、午前の公演が10時から12時まで。夜の公演は18時から20時までだ。昼食後、5時間ほど練習に参加し、舞台に臨むという。私もその練習に参加し、夜の舞台に立つというわけだ。
「公演は、そこのコミュニティセンターで行われます。看板やポスターも出ているそこです」
コーラスナイトが行われていた市民ホールをマチルダと共に出ると、すぐ近くにレンガ造りの建物があった。そこがどうやらコミュニティセンターのようで、レンガの壁や階段のそばに「ドルレアンの魔女とベラスケスの聖女」と大きく書かれたポスターや看板が見えた。
「パトリシアさん、明日、絶対に来てくださいね! また会えるのを楽しみにしていますから」
マチルダは元気に手を振るとコミュニティセンターの方へと向かって行く。
「パトリシア。それでは私達は公式公演の舞台を観に行こうか」
アズレークに声をかけられ、私は頷く。公式公演が行われるのは国営ギニオン大ホール。時計広場の一画にあるギニオンの街で最大のホールだ。来た道を戻る形でホールへ向かう。
途中、屋台で、粉状にしたひょこ豆とオリーブオイルをカリッと焼き、塩で味付けし、スライスしたオリーブとアンチョビ、ゆで卵を包んだブリトーのような薄焼きパンを食べ歩きした。18時から始まる公演は、終わるのが20時半。休憩時間はなく、遠しでの上演になるため、小腹を満たした感じだ。
新鮮な搾りたてのオレンジジュースも飲み、ホールの中へ入った。
ギニオン最大のホールというだけあり、とても広く、開放感もある。ロビーには沢山の観客がいるが、窮屈に感じないのは、高い天井のせいだろう。
案内された席は、中央の前から三列目という、どう考えても特等席。どうもあの部屋に飛び入りで泊まる一握りの上流貴族のために、ホテルはこの席をあらかじめ押さえているようだ。もし最上階のあの部屋に宿泊する客がいなければ、当日席として売ってしまえばいいと考えているのだろう。
あの部屋に泊まれること、この特等席で観劇できること、それが王宮付き魔術師であるレオナルド……アズレークのおかげかと思うと、しみじみ感じてしまう。私は……とんでもない相手の番だったのだと。
高い鼻のアズレークの横顔を見ながら、そんなことを思い、一人胸を高鳴らせていると、公演が始まった。
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明日からまた新たな一週間がスタート。
今晩はゆっくり休み
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