116:想定外に予想外
一組目がこれだと、二組目への期待が高まり、そのまま聴くことにした。続いて登壇したのは、オペラで合唱を担当する人達が、今回の演劇祭のために結成したグループだった。つまり、普段はいずれかのオペラの公演で活躍している人達ということになる。そんなすごい人のコーラスを無料で聴けるなんて驚きだ。これは大盛況で、ブラボーとアンコールの声が上がり、スタンディングオベーションだった。
こうなるともう、次のコーラスへの期待がまたも高まり、気づけば2時間近く、観覧していた。丁度近くの席の人達が退席していたので、それに合わせ、アズレークと私も席を立ったのだが。
なんと近くの席の人が退席した理由。それは1時間後のコーラスに参加するため、練習に向かうためだった。そうとは知らず、彼らに続いて席をたったアズレークと私も、練習に参加するものと係員に勘違いされてしまったようだ。出口に案内されていると思ったら、練習会場に辿り着いてしまい……。
その後、帰るつもりだったと近くの係員に声をかけると、「せっかくだから一緒に練習して歌いましょう」と説得されてしまった。
「こんな機会、滅多にないだろう。パトリシアは美しい声をしている。きっと歌えるよ」
アズレークからもそんな風に言われ、結局……。
練習に参加し、そのまま、舞台に登壇することになった! アズレークは他人事のように言っていたが、勿論、運命共同体。一緒に舞台に上がったが、アズレークの耳に心地よいテノールの声は評価され、なんとソロパートをまかされた。
アズレークがソロを歌うと、会場にいた女性陣はうっとり聴き入っている。歌い終え、舞台から降り、メンバー同士感謝を伝えあい、帰ろうとすると……。アズレークはロビーで熱烈に女性達から歓迎された。プロの歌手でもないのに、サインや握手を求められ、本人はかなり困惑している。
その様子を私は見守っていたのだが……。
「あの……」
声をかけられ、そちらを見ると、ダークブラウンの肩までの髪に、ヘーゼル色の瞳の女性が立っている。深みのあるオレンジのワンピースを着ており、私と同年代ぐらいに見えた。
「コーラスに参加されていましたよね、あちらの男性と。ご夫婦……ですか?」
「あ、はい、そうです」
「コーラスが趣味なのですか?」
「いえ、そういうわけでは。たまたま機会があり、参加させていただきました」
すると女性は「なるほど」と答えた後、私に尋ねた。
「私はこの近くで演劇の自主公演に参加しています。公演は午前と夜に一度ずつやっているのですが、午前の公演を見た観客に、夜の舞台に立たないか声をかけているのです。そして午前の公演に参加したい人がいないか、こうやって今、探しているのですが……興味ありませんか?」
全く想定していない提案をされ、驚いてしまう。
「あちらの男性は……確かにいい声をされていると思いますが、私はあの彼より、あなたに目が留まりました。とてもお美しい……。ぜひ、公演に参加されませんか?」
さらに予想外の言葉に息を飲む。
さっきのコーラスの様子を見ていたら、どう考えてもアズレークに目が行くと思うのに。
私……?
「私達がやる舞台は、王都で起きたドルレアン元公爵の事件をモチーフにしているのです。ですから女性の参加者を絶賛募集中なのです」
そう語った女性、名前はマチルダは、自身が所属する演劇サークル「白い羽」の今回公演する「ドルレアンの魔女とベラスケスの聖女」という作品について、こう説明してくれた。
王太子の婚約者の座を巡り、ドルレアンの魔女とベラスケスの聖女は長い間、争いを繰り広げていた。ある日、ベラスケスの聖女は、ドルレアンの魔女を応援する魔王に操られ、王太子を殺そうとする。それは未然で阻止されたが、居合わせた騎士達により、ベラスケスの聖女は捕らえられ、牢屋に入れられてしまう。すると牢屋に魔王の力で老婆に化けたドルレアンの魔女が訪れ、林檎を渡す。
「この林檎を食べると仮死状態になる。牢屋で死んでいると分かれば、牢屋から出ることができる。埋葬される前に逃げればいい」と言って、林檎を食べさせるのだ。このままでは断頭台の花と散ると言われたベラスケスの聖女は、林檎を食べ眠りについたのだが……。
ドルレアンの魔女はベラスケスの聖女が仮死状態になる林檎を食べたと、誰にも話さなかった。その結果、ベラスケスの聖女は死んだものと判断されてしまう。
一方の王太子は、ベラスケスの聖女の無実を知っていた。無実であることを父親である国王に訴えている間に、ベラスケスの聖女が牢屋で死んだことを知る。
王太子はベラスケスの聖女が死んだことを悲しみ、ここぞとばかりに自身との婚約を迫るドルレアンの魔女の求愛を断る。
一方、ベラスケスの聖女は、林檎に込められた仮死の魔法が解けつつあった。それに気づいたドルレアンの魔女は短剣を手に、ベラスケスの聖女が眠る棺が置かれた祭壇へと向かう。そしてその短剣を振り下ろす。その様子を目撃した王太子により、ドルレアンの魔女は斬首される。
悲劇で終わると思いきや、ベラスケスの聖女はその胸に王太子から贈られたペンダントを身に着けていた。短剣はそのペンダントに刺さり、一命をとりとめることに成功。こうして王太子とベラスケスの聖女は無事、結ばれたという話なのだという。
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