114:新たなる街へ
「ワイズ」摘発事件は、未だニュースペーパーをにぎわせていた。
事件はまだ解決したわけではない。捜査の行方は気になる。だがこの街での滞在は、タイムリミットになった。アズレークと私は、シーラを離れることになった。
そう。
次なる街ギニオンへ、移動することになっていた。
ギニオンはシーラから一転。
山間部の街である。
海の代わりにレマン川という大きな川が流れており、川沿いで発展した街だ。
海辺の街シーラとは、また雰囲気が異なるということで、ドレスは山間部の街にちなみ、抹茶色に白のフリル、足元は茶色のショートブーツにした。ギニオンは石畳が多く、ヒールが細いパンプスでは足が疲れると聞いたので、ヒールが太いショートブーツを選んだ。
アズレークは相変わらずの全身黒ずくめ。でもベストのポケットに、抹茶色のポケットチーフを私の提案で身に着けてもらった。
服装はそんな感じで、後は荷物。
既にトランクはお土産でパンパンだったので、それはマルティネス家の屋敷に送り、新しいトランクを用意した。そのトランクに特に気に入ったドレスやお化粧道具など少しだけ詰めると、アズレークの魔法でギニオンへ向かった。
あっという間に到着したギニオンは――。
いきなり人が多い!
街の中心地である時計広場に到着したが、そこは人・人・人。
「既に演劇祭の期間に入っているから。演者、観劇する人、観光客、出店の人間と、もう人が多い」
アズレークがそう言っている間にも、沢山の人に声をかけられた。それは主に「私達の演劇を観に来て」というお誘いで、手製のフライヤー……つまりはチラシを渡された。
「演劇だけではなく、ダンス、演奏会などもあるのですね」
本一冊が出来そうなぐらいのフライヤーが既に手元にあった。それをパラパラと眺めると、演劇以外のフライヤーも沢山混ざっていたのだ。
「そうだな。演劇祭の主催者が、国内外から招待した演者による舞台は演劇だ。その一方で、非公式でギニオンに集結した演者による自主公演もあり、それは演劇にとどまらず、ダンスや演奏会、演舞、大道芸など多岐に渡るようだ」
アズレークの言う通り、この時計広場でも、マジックショーや大道芸をしている人達もいれば、なんだか寸劇をしていたり、歌っている人もいた。
「パトリシア、まずはホテルにチェックインして、トランクを預けてしまおうか」
アズレークに言われ、広場を歩き出す。
この広場を歩いている最中も、沢山のフライヤーを渡された。
今回、2週間滞在することになるホテルは、この時計広場から歩いて3分という好立地。演劇祭の公式舞台が上演される劇場にも徒歩で行くことができ、とても便利だ。しかもこのホテルはギニオンで一番のホテルとされ、王族が来た際、宿泊するホテルとされている。今回このホテルを、最も繁忙期の演劇祭の最中に2週間も押さえることができたのは……。
間違いない。ここの予約を取ったのが、王宮付きの魔術師であるレオナルドだからだ。実際に泊るのはアズレークと私なのだが、ホテル側からするとあの魔術師レオナルドの遠縁である。しかも遠縁なのに、わざわざ魔術師レオナルドが予約をとったのだ。当然、丁寧な接客をしてもらえることになった。
「こちらのお部屋は最上階で、国王陛下がいらした際にもお泊りいただいているものです。3つのベッドルーム、会議室、リビングルーム、ダイニングルーム、バスルーム、厨房、使用人のお部屋、テラスがございますが、特筆すべきはお部屋を入ってすぐのホール。こちら、小ホールほどの広さがありますので、ちょっとした人数での夜会の開催も可能でございます」
支配人自らに案内されたそのホールは……さすが最上階。天上が高く、宮殿にありそうなシャンデリアが三つも吊るされている。床は大理石で一瞬ここがホテルの一室ということを忘れてしまう。
何よりもこんな部屋にアズレークと二人で二週間も泊まれることに、公爵家の令嬢であっても驚かずにはいられない。支配人がそれぞれの部屋を案内し、去った後、思わずアズレークに尋ねてしまった。
「アズレーク、国王陛下が滞在するような部屋に、二人きりで二週間も滞在して大丈夫なのかしら?」
「この時期だからむしろ開いている部屋がここぐらいしかなかった。並みの貴族ではこの部屋に泊まれないからな。……広すぎて、落ち着かないか?」
そ、それはそうだろう。演劇祭が開催中のギニオンに、思いつきのように滞在しようとしても、多くのホテルが満員御礼のはず。
「パトリシアはマルティネス家の屋敷に来た時、身一つも同然だった。私はそこでゼロからパトリシアのために何もかもを揃えるつもりでいた。だがパトリシア。君は多くの貴族がオーダーメイドでドレスを作るのに、そうはせず既製品のドレスを選び、宝石もネックレスにもでき、髪留めにもなるようなものを選んだ。私が見積もった半分以下で、身の周りの品を揃えてしまった。そこで浮いた分を、今回の旅行に回したまでだ」
そう言うとアズレークは私を抱き寄せる。そして耳元に顔近づけ、話を続ける。
「それに王宮付きの魔術師というのは、誰でもできる職務ではない。とても特殊。そして王宮付きの魔術師になってから、私は支払われた給金をほとんど使っていない。使う必要性もなかったからだ。でも今は大切な番であるパトリシアと旅行をしている。ここで使わなければ、使う機会がなくなってしまう」
「アズレーク……」
伸びた手が顎を持ち上げ、ゆっくり唇が重なる。このままベッドに向かうのかと思ったが……。
「夜に公式上演される舞台のチケットは押さえてある。この部屋に滞在すると、私には専属の従者が、パトリシアにも専属のメイドが一人ずつつく。さらにこの従者とメイドを統括するバトラーもつくから、チケットの手配を頼んでおいた」
「そうなのですね! それは……ありがとうございます!」
「夜までは時間がある。自主公演している様々なイベント、見たいだろう、パトリシア?」
せっかく演劇祭の最中のギニオンに来たのだ。見ることができるなら見ておきたいと思った。だから「見たいですね」と返事をすると。
「では見に行こう」とアズレークは笑顔になり、私の手をとった。
お読みいただきありがとうございます!
今日から7月ですね。
今年の梅雨明けはいつになるのでしょうか。
さて。続きは夜に公開です~
引き続き何卒よろしくお願いいたします!
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