104:王都ではまだ知られていないこと
シービューパークから見た夕陽は、本当に感動的で美しかった。
既に天の上空は夜の世界が広がってきている。見上げた視線を空から水平線へと移動させていくと、濃紺、群青、薄い青、水色、淡い紫、桃色へとグラデーションを見せる空が見ていた。さらにそこには橙色に輝く雲があり、そしてその茜色の空の中には……。
赤く燃えるように輝く太陽が姿を見せている。
だがその姿はやがて水平線へと没していき――。
グラデーションを描いていた空は、急速に一つの色へとまとまっていく。やがて空は完全な夜空へと落ち着き、星々が瞬き始める。
自然が見せる神秘の天空ショーを見終えると、アズレークと私は、マステスと共にカフェへと向かった。
シーラにはサルバート広場の次に人気の広場がある。それはセヌー広場と言われ、主に冬のイベントで活躍する。ここにはクリスマスの時期に巨大なツリーが登場し、スケートリンクがもうけられ、さらにはカーニバルも開催されるのだ。
夏の今の時期は、アートが展示されている。地元や国外のアーテイストによるオブジェがあちこちに並び、観光に来た貴族も沢山足を運ぶ。そしてそんな貴族が休憩できるよう、周辺にはカフェが沢山ある。しかもこの地を主管とする地方警察府のレンガ造りの建物もあり、治安がいいシーラの中でも、特に安全なエリアとして知られていた。
ここなら安心とマステスは、セヌー広場沿いのカフェに私達を案内したのだ。しかも魔法を使い、ここまで移動していた。
間違いなかった。マステスは魔法を使える人間だ。
案内されたルビー色のレザーソファに腰をおろすと、コーヒーを注文し、早速アズレークが口を開く。
「マステス。単刀直入に尋ねる。君も聖獣を祖先に持つ人間なのか?」
問われたマステスは大きく首を振る。
「私は魔力を持ち、魔法を使えますが、残念ながら聖獣を祖先に持つわけでありません。ただ、私の一族にはシャーマンを生業としている者が何人かおりまして。私もその力が一部あるからでしょうか。時々、人間なのに、人間ではない姿が、その人の中に見えるのですよ」
そう言うと、よく磨き込まれたテーブルに置かれたグラスを手にとり、中に入った水をゴクリと飲む。
「あなた方を見た時は驚きました。実に美しい2匹のドラゴンの姿が見えた。力強く堂々たる風格を持つドラゴン。そのドラゴンに守られるように寄り添う美しい姿のドラゴン。これには芸術家としての魂を大いに揺さぶられ、絵を描かせていただくことになりました」
普段のマステスは、あの公園を訪れる観光客の絵を描き、ちょっとした小遣い稼ぎをしていた。その一方で、自らの心を揺さぶられ、描いたものについては、金銭を要求することはなかった。
「あなたを襲った二人組とは顔見知りのように見えたが、なぜあの場所に? 例えばこのセヌー広場であれば。アート作品も沢山あり、活動するには最適では?」
アズレークが尋ねると、マステスはこんなことを言いだす。
「こんな話をすると、ロマンチストと言ってくれる人もいれば、呆れられることもあるのですが。これまたシャーマンの力なのでしょうか。私には前世の記憶が少しあるのです。前世で私が愛した女性……彼女は私と結婚する前に、流行りの病で亡くなりました。このシーラの街で暮らしていた女性です。彼女は次こそは健康な体で生まれ、私と結ばれると約束し、息を引き取りました。再会の場所として指定したのがあの公園なのです。私はこの記憶を知ってからは、毎日あの公園に足を運ぶようになりました」
そこでコーヒーが到着し、話が一旦中断したが。私は自分のコーヒーにミルクを加えながら、なんて素敵な話だろうと感動していた。一方、コーヒーをブラックのまま口に運んだアズレークは、再度尋ねる。
「あなたから金を巻き上げようとした二人組の男は何者だ? 街のごろつき程度の者なのか、それとも組織的な犯罪ファミリーの一員なのか?」
問われたマステスは、困り顔で答えを口にする。
「アズレーク様とパトリシア様は、王都から来られたのですよね?」
既に自己紹介は済んでいるので、マステスは私とアズレークの名を口にすると、順番に顔を見た。私達が頷くと、マステスは少し声を潜めて話し出した。
「王都ではまだ知られていないかもしれません。何せ王都では、ドルレアン元公爵の一連の事件で大賑わいでしょう。でも王都から離れたここシーラでは、数年前から暗躍している、不穏な組織が地元民の間では一番ホットなのですよ」
「不穏な組織……?」
眉をひそめたアズレークに対し、マステスは頷く。
「持たざる者が持つ者を羨む。それはどんな世界でもあることで。このシーラには、ちょっと名の知られた魔法を使える人間がいたのです。彼は気さくな人間で、頼まれれば魔法を使い、街の人の困りごとを解決していたのですが……」
そこでマステスは大きなため息をつく。
「彼の魔法ではどうにもならないことを頼まれ、断った結果。恨まれてしまったのです。親しまれていた分、助けてもらえなかったという負の感情から生まれた恨みは深く。彼は何も悪くなかったのに。結局、身の危険を感じ、この街から去りました」
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