103:また、会えるかしら?
シーラに到着してから1週間が過ぎた。
その間は……。
もう本当に、密度の濃い時間が流れている。
早朝から営業しているマルシェを見ようとなった日は。アズレークはちゃんと、前日の夜、私を寝かさせてくれた。マルティネス屋敷の時のように、ナイトガウン姿のまま、その胸に私を抱き寄せ、眠りについた。
目覚めた時はいつも通りのコンディションで回復の魔法も必要なく、マルシェを見ることができた。そこで部屋に飾る薔薇を買ったり、朝摘みのフルーツを食べ歩きしたり、カフェの焼き立てパンも食べたりした。そして満足して部屋に戻ると……。
今日、一日が始まったばかりだった。
メイドはついさっき、部屋を、ベッドメイキングをした後だ。でもそれはあっという間に乱されることになる。
窓から届く夏の陽射しを感じながら、つまりは昼間からアズレークとベッドで過ごすのは……なんだかとてもいけないことをしている気分になってしまう。しかも逆鱗の反応を抑える魔法は解除されているから、どうしたって私の感度はよくなってしまい……。
この日は朝のマルシェ以降は、一歩も寝室から出ず、昼食も夕食も部屋でとることになった。
また別の日は。
夜間営業している美術館を見に行くことにした。夜間の方が観光客も少なく、一つ一つの展示品をじっくり見ることができるからとそうしたのだが……。その分、これまた日中は寝室で過ごすことになる。
朝食は卵料理が有名なカフェに食べに出掛けた。その間に、メイドによって部屋は整えられている。そして部屋に戻ると……。アズレークは当然のように私を抱き上げ、ベッドへ運んでいく。
しかもこの時、実感したことがある。魔法が解除された状態で、アズレークに逆鱗へ触れられると……とんでもない状態に私はなってしまうと気づいた。もういろいろな意味で限界であり、アズレークに回復の魔法をかけてもらいたい状態なのに。それでも逆鱗に触れられると、気持ちがそちらへ向かってしまう……。
番の本能は本当にすごい。
そして今は。
日中を寝室で過ごし、夕食を外で食べるため、貸別荘を出た。
アズレークはこの地で過ごす間、着ている服に黒以外が加わることが当たり前になっている。これは私のリクエストに応えた結果であるのだが。今日は紺色のシャツに白のベスト、そして黒のズボン。黒ではなく、紺色。似ているように見えるが、微妙に違う。だからアズレークも、いつもとはちょっと違って見える。
私は紺色のドレスに大きめの白薔薇がプリントされたドレスを着ていた。
夕食は初日に足を運んだ遊歩道沿いにあるレストランでとることになっている。
バトラーが予約してくれたお店は、白と青が基調でとっても爽やか。遊歩道沿いの店としては高級なお店として知られており、店内にいる客も身なりのきちんとした紳士淑女で子供の姿はない。ペットなどもいなく、落ち着いて食事を楽しむ大人向けのお店だった。
店内の様子はそんな感じで、肝心の料理の方は……。当然だが、シーフード料理が充実しており、魚介スープは勿論、ソテー、ムニエル、ポワレと様々な調理法の魚料理を楽しむことができる。トマトソースでいただいたカサゴのムニエルは、絶品だった。
このレストランでの夕食を終えると、夕焼けを楽しむため、これまた初日に訪ねたシービューパークへ向かった。例の階段は休憩をとりながらやり過ごし、眺望が抜群の広場へ到着した。
「また、マステスに会えるかしら?」
初日にアズレークと私に声をかけたマステスは、絵の才能は勿論、どうやら魔法を使えるようで、私達がドラゴンを先祖に持つ者と気づいていたのだ。あの絵は部屋に戻った後、ちゃんとトランクに大切にしまってある。
「マステス……。どうだろう。前回会ったのは日中だったからな。日没が近いこの時間に会えるかどうか」
アズレークはそう言うが、この時間、夕焼けを見ようと多くの観光客がここに集まっている。様々な人物のスケッチを描きたいのなら、またいるのではないかしら。そんな風に思っていると。
「邪魔なんだよ、こんなところで」
「そうだ、お前、いつもここにいるよな」
柄の悪い男性二人組が、誰かにいちゃもんをつけている。その様子をカップルらしい男女が「やめなさいよ」「やめたまえ」と注意しているが……。
「なんだと、お前ら」
「いちゃいちゃしやがって。痛い目にあいたいか!」
二人組の剣幕に押され、カップルは逃げるように立ち去る。
その二人組に胸倉を掴まれ、「すみません、邪魔だったというなら立ち去ります」と言っているのは……マステスだった。
状況から判断するに、アズレークと私の時のように、さっきのカップルにも絵を描かせて欲しいと声をかけたのだろう。勿論、カップルは快諾し、絵を描いているところへあの柄の悪い二人組に絡まられた……そんな感じに思えた。
「お前、いつも金を払えと言っても払わず、とんずらしやがる。もしや魔法使いなのか?」
「今日は逃せないぜ、神出鬼没なおっさんよ!」
この会話から、どうやらあの二人組は、この公園でなにか商売している者を見かけると、金を巻き上げるような行為をしている人物だと分かる。
「アズレーク、助けてあげたいわ」
「分かっているよ、パトリシア」
アズレークが小声で呪文を唱えると。風の魔法を使ったのだろう。マステスの胸倉をつかんでいた男の足元が浮き上がり、バランスを崩れ倒れそうになる。驚き、マステスから手を離し、もう一人の男はそれに驚いた瞬間。マステスは姿を消していた。
「くそ! また逃げられた」
「ったく、なんなんだよ、あのじじぃ!」
二人の男が悪態をついていると、そこに警官が現れた。「やばい」と叫んだ二人組の男は私達の方へ駆けてきたが。再び、アズレークが小声で魔法を唱え、二人は転倒。警官に捕えられ、連行されていく。
この様子を遠巻きに見ていた観光客は、男達が逮捕されたことに安堵し、この場を離れていく。皆、夕陽が見やすい場所へと移動しているのだ。
さっきまで人が沢山いた場所には、簡易の折りたたみ椅子とスケッチブックが残されたままだった。
「マステスはこれを取りに戻るかしら?」
「あの二人組は連行された。マステスは戻って来るかもしれないが、あんな場所にあると邪魔だし、誤って蹴飛ばす人間も出てくるかもしれない。そばのベンチに移動させよう」
アズレークの親切な判断に同意し、二人で折りたたみ椅子とスケッチブックをひろい、ベンチに置こうとしたまさにその瞬間。
「やあ、すみません。助けていただき、ありがとうございます」
振り返るとそこに、焦げ茶色の髪にたっぷりの髭に丸眼鏡、そしてシャツとベストに上衣を着たマステスが、頭を掻きながら立っていた。
お読みいただき、ありがとうございました!
続きは今晩公開します☆
【御礼】
もし下記作品もお読みいただいている読者様がいましたら。
恋愛異世界転ランキング4位獲得☆感謝
『断罪の場で悪役令嬢は自ら婚約破棄を宣告してみた』
いろいろな意味でモチベーションアップにつながっています。
本当に応援いただき、ありがとうございます。



























































