101:愛している
「パトリシア。満腹だから、このレストランに併設されている庭園を少し散策しようか」
アズレークからこの提案をもらえた時は、正直ホッとしていた。
この満腹状態で、いい雰囲気になっても。
なんだかげっぷも出そうだった。
ゆったり歩きながら、時間を過ごし、それから……はまさに私の理想。
というわけでアズレークに案内され、庭園に向かうと。
貸別荘の周囲はヤシの木もあり、南国風だったが。
レストランの庭園は南ガルシアらしい雰囲気だ。
柔らかく吹く風の香りで分かった月桂樹。その辺り一帯に植わるのはハーブだ。細くて小さな葉は見たことがある。ローズマリーだ。その近くはラベンダー。
少し離れた場所には白や小さな花が密集しているが、あれもハーブなのかしら? すぐそばには薔薇のアーチもあった。
地面に広がる素焼きのタイルやブリキのジョウロなども、庭園の演出としてオシャレだ。
何よりこの庭園を地面から照らすランタンが美しい。
「パトリシア、このアーチの奥、行けるみたいだ」
アズレークと薔薇のアーチを進むと、そこは小さな円形の広場になっており、アイアン製のベンチが置かれている。
「ここで座りたいところだが。座るとレストランにいるのと変わらなくなる。……ダンスでも踊ろうか」
アズレークとダンス!
まだアズレークと舞踏会へ足を運んだことはなかった。だから一緒にダンスを踊ったこともない。
「それはいい提案だわ。私、アズレークとはまだ一度もダンスをしたことがないから」
「そう言われると面目ないな。……ここ、シーラの街でも当然だが、毎晩のように舞踏会は行われている。そこにパトリシアのことをエスコートするよ」
「ありがとう、アズレーク。でもあなたとダンスできるなら、舞踏会ではなくてもいいのよ、私は」
そう答えた瞬間。
アズレークの長い睫毛に縁どられた黒曜石のような瞳が、喜びで輝く。
「おいで、パトリシア」
私の腰に手を回し、静かに手を持ち上げると。
不思議。
音楽なんて流れていないのに。
二人には同じメロディが聞こえているみたい。
アズレークにリードされながら、自然と足が動いている。
多分。
3曲分。
アズレークとダンスをしたと思う。
二人だけにしか聞こえないメロディにあわせて。
踊り終えると、何とも言えない達成感があった。
それはアズレークも同じようだ。
ゆっくり抱き寄せられていた。
こうやってアズレークに抱きしめられていると。
本当に気持ちが落ち着く。
彼の存在を強く感じることが出来るし、守られていると思えて、心が満たされる。
しばらくは、アズレークの鼓動を感じ、周囲に聞こえる虫の声に包まれていた。その間アズレークに優しく頭を撫でられ、もう最上級のリラックス状態になっている。
この時間が永遠に続いてくれてもいいのに。
そう思っていたが、アズレークの声が不意に聞こえ、心臓がドキリと反応する。
「部屋に戻ろう、パトリシア」
耳に心地よいはずのテノール声が、とんでもなく官能的に聞こえてしまう。ドキドキしながら体をはなし、アズレークを見上げると。
その瞳は周囲のランタンの光を受け、キラキラと輝いている。まるでアズレークの瞳に星が宿ったみたいだ。
「魔法であっという間に戻ることもできるが。とても心地いい夜だ。歩いて帰ろうか」
「はい。歩きでいいと思います」
少し照れながら微笑むと、アズレークが優しく私の手をとり、歩き出す。
歩いてきた薔薇のアーチをくぐり、ランタンに沿い、地面に敷かれた飛び石を伝い、庭園を抜けていく。丁度レストランの入口の辺りまでくると、シェフをはじめとした従業員全員が、店から出て来てくれて、お辞儀で見送ってくれる。最後までとても丁寧な接客に、感動してしまう。
ヤシの木を抜けるとすぐに貸別荘が見えてきた。
そしてこれは実に不思議。
エントランスの前に来ると。
あのバトラーがドアを開け、迎え入れてくれる。
「おかえりなさいませ、アズレーク様、パトリシア様」
バトラーに会釈をして、ホールから二階へと続く階段を、アズレークにエスコートされながら、上って行く。
もう心臓はずっと。「部屋に戻ろう」とアズレークに声をかけられてから。激しく鼓動し続けいている。それがデフォルト状態なので、気にせずエスコートされていたが。
部屋に入ると、明かりをつける前に、アズレークの唇が私の唇に重なった。
思い返せば昼食の前にキスをしたが、それ以降は……。
久しぶりという程ではないが、それでも数時間ぶりのキスに、心臓の鼓動は激しさを増していく。その一方で、アズレークのキスは……意外にも優しい。
優しいキスを繰り返し、そしてゆっくり私を抱き上げると、そのまま寝室へ向かって行く。なんだか気持ちがふわふわとして、これが現実とは思えない。
アズレークの優しいキスに心がとかされ、既に夢見心地だ。でも気づけばベッドにおろされ、パンプスは足から落ち、体は仰向けになっている。
ギシッとベッドが軋む音がして、いつの間にか上衣を脱いだアズレークが私の顔を見つめていた。
窓はレースのカーテンしか引かれていないので、部屋は真っ暗というわけではない。アズレークの顔もちゃんと見えている。暗さの中でも陰影ができ、アズレークの整った顔立ちが浮き彫りになっている。
「パトリシア、愛している」
アズレークの手が私の手に重なり――。



























































