100:君に私の全てを捧げる
ヤシの木が並ぶ庭の中、足元を照らすランタンを辿るように進むと、すぐにそのレストランは見えてきた。壁がなく、総ガラス張りで、中の様子が一目で分かる。貸し切りだから当然だが、誰もいない。
案内された席に座ると、ギターを持った奏者と歌手が現れ、生演奏を始めてくれた。南ガレシアらしい陽気なメロディが流れ出す。
まずはアルコールの注文を聞かれた。シャンパンかワインでも頼むのかと思ったら。アズレークが頼んだのは、ノンアルコールのロゼワインだった。前世ではノンアルコールがブームだったが、まさかこの乙女ゲームの世界で、ノンアルコールのワインに出会えるなんて。驚きだったが、ゲーム自体が全年齢版だったからだろうと理解する。
「パトリシア、食べたい物があれば、このメニューから選んでもいいし、シェフにおまかせすることもできるが、どうする?」
落ち着いた手付きでメニューブックを開きながら、アズレークが尋ねた。私もペラペラとページをめくり、メニューを見ていたが。こういった貸し切りの時は、シェフにおまかせして、今日仕入れた食材で最高の逸品を作ってもらうのが一番に思えた。それをアズレークに伝えると。
「それは名案だと思う。シェフのとっておきを用意してもらおう」
アズレークはすぐにおまかせでオーダーを通した。するとすぐにノンアルコールのロゼワインが運ばれ、一口サイズのチーズを混ぜ込んだ丸いシュー生地が、アミューズとして出てきた。
グラスを手にしたアズレークが、改めてという感じで私を見る。
「パトリシア。ようやくこの日を迎えられたと思っている。せっかく婚約したのに、寂しい思いも沢山させてしまった。でも今日からの一カ月。私の時間はすべて君の物だ。君だけを見て、君のことだけを考え、君に私の全てを捧げる」
こんな言葉をアズレークから言われるなんて!
もう今すぐ抱きつきたい気持ちになってしまう。
本当は。
朝起きた瞬間から。
この日が何を意味するか分かっていた。
分かっていたからこそ、それを極力考えないようにして、私こそ冷静に振舞っていたが。
この後、私は間違いなく、アズレークと結ばれる。
その事実を感じるだけで、全身に甘美な震えが走り、おへその下の逆鱗がとんでもなく熱くなってしまう。とてもではないが、まともでなんかいられない。観光なんてできないだろうし、食事だってままならないだろう。だからこの件について頭の中から締め出していたが。
今のアズレークの言葉で、現実と向き合うことになる。
「王都に戻り、マルティネス家のお屋敷でお世話になるようになって、確かにアズレークと過ごした時間は……とても満足できる程の時間はなかったわ。会えない日も多かった。でもその間にいろいろなことがあったから。なんだかかんだであっという間にこの日を迎えた。そんな風にも思えます」
そこで一度呼吸を整える。
「アズレークは王宮付きの魔術師。そのアズレークを独占できるなんて。国王陛下に嫉妬されてしまいそう。でも……とても嬉しいです。アズレークの全部を独占したいわ。同時に私のすべてはアズレーク、あなたのものよ」
そう言って微笑むと、アズレークの黒曜石のような瞳が、テーブルに置かれたロウソクの炎のように、強く燃え立つように感じる。火傷しそうな情熱と、私を想う気持ちが溢れていた。
「では二人の幸せな未来に。乾杯」
グラスの中身を飲み干したところで、前菜が運ばれてきた。
シーラ特産の葉物野菜を使ったサラダだ。マヨネーズに似たソースがかかったこのサラダは食べやすく、あっという間に平らげてしまう。するとすぐにスープが出てきた。
これはニンニクのスープだというが、匂いがまったくない。聞くと、口臭を気にする客のためにえぐみを取り、匂いを抑えているという。さらにスープにもローリエやセージを使うことで、ニンニクの美味しさはそのままに、匂いを抑えることに成功したそうだ。
そのスープの後は、魚料理が登場。すでに有名な魚介スープは昼に食べたと伝えたので、スズキのポワレが出てきた。名産品のレモンを使ったバターソースが絶品で、アズレークも「美味しい」と喜んでいる。
口直しのレモンのシャーベットも本当にさっぱりしていた。
続いて出てきたのは仔羊肉のモモ肉がたっぷりのパイだ。仔羊肉の中にはトリュフも入っていたようで、口の中でトリュフの香りが広がり、驚いてしまう。下処理がしっかりされた仔羊肉は臭みもなく、白ワインでデグラッセした肉汁も溢れ出てくる。
「仔羊肉は柔らかく、パイ生地ともよくあうわ。魚料理がさっぱりしていたから、この濃厚な味わいはたまらなく感じる」
「パトリシアはいつも肉料理になると『もうお腹いっぱい』と言っているが、今日は完食できそうだな」
アズレークの言う通りで、もう食べきってしまいそうなのだが。
乙女心としては。
今宵のことを思うと、お腹がぽっかり出てしまうのではと不安になる。
すると。
「パトリシア。お腹が出ることを気にする必要はない。食事をしてお腹が膨らむは当たり前のことだろう」
自分ではさりげなくお腹に視線を落とし、手で触れていただけなのに。アズレークはお見通しだった。お見通しだったけど……。ぽっこりお腹を気にして、食べるのを止める必要がないと言ってくれるなんて。優しい!
実際のところ、ゲームの設定通りの体型なので、パトリシアのお腹がぽっこりしていることはない。そこは……乙女ゲームの世界、万歳と思ってしまう。
デザートはメレンゲのタルトで、そのメレンゲはさっぱりしたレモン風味。カスタードクリームにも酸味があるので、別腹効果もあいまって、ペロリといただくことができた。イチジク、マスカット、メロン、オレンジなどの果物も出され、さすがに食後のコーヒーと共に出てきた焼き菓子には、手を出すことができなかったけれど。
ともかくお腹は満たされた。
食事も美味しい。アズレークは優しい。
とても幸せだった。
お読みいただき、ありがとうございます!
続きは夜更新! ドキドキ。
本文の余韻を加味し、今晩の更新では後書きなしです。
明日はお昼に1本公開でお願いできないでしょうか~
引き続きよろしくお願いいたします☆
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