98:少し拗ねた顔……可愛い。
海沿いの遊歩道を歩き、シービューパークへ向かうのは、完璧なプランだった。アズレークは帽子をかぶり、私は日傘をさし、遊歩道を目指した。
貸別荘を出ると、ヤシの木が生い茂った庭があり、そこを抜けると海岸沿いの馬車道に出る。そこを横断すると、浜辺に沿った広い遊歩道があった。
既にバカンスシーズンが始まっているので、沢山の人がいる。犬を連れ、散歩をしている人。私達のようなカップル。家族連れ。
遊歩道沿いには飲み物やジェラートを売る店も沢山あり、とてもにぎわっている。
兄弟と思われる子供が追いかけっこする姿を見ると、スノーのことを思い出してしまう。
「なんだかスノーも連れてきてあげたかったですね」
「そうだな。休暇は何もこれが最後というわけではない。1カ月は無理でも、数日のまとまった休暇ならとれるだろう。その時はスノーも連れてこよう」
そんなことを話しながら遊歩道を歩いて行く。
のんびりと穏やかな時間が流れていた。
「!」
さっきの追いかけっこをしていた兄弟の、弟だろうか。
前を見ずに駆けていたので、私にぶつかってしまった。
倒れると分かったその刹那。
「風よ、受け止めて!」
咄嗟だったが。
風が子供を受け止めるイメージをすると共に、魔法の詠唱ができた。
子供は見えないクッションに倒れ込み、驚いた表情で体勢を整えることになる。
「すげー、お姉さん、魔法を使えるの?」
兄らしい子供が私に駆け寄った。
「ええ。少しだけね。今は魔法を使えたけれど。私ではない人にぶつかったら、転んでいたわ。気を付けてね」
兄弟に声をかけると、二人は素直に「はーい」と返事をして駆けて行く。
その姿を見送っていると。
「パトリシア。すっかり風の魔法を扱えるようになったな。咄嗟にイメージして詠唱できるなんて。すごいことだ。ノエを捕らえる時にもちゃんと魔法を使うことができた。素晴らしい」
そう言って私を抱き寄せたアズレークだったが。
日傘に邪魔をされ、少し拗ねた顔をしている。
なんだか……。
可愛い。
クールなアズレークに可愛い、だなんて。
でも。
今の表情はキュンとしてしまう。
一方のアズレークは。
すぐに気持ちを切り替え、そのまま私と手をつないで歩き出す。
さっきまで並んで歩いているだけだった。
それが日傘のおかげで手をつなげた。
些細なことだが、嬉しくなってしまう。
「これがシービューパークか。眺望のいいと言われる広場までは、この階段をのぼる。……結構な段数があるが、大丈夫か、パトリシア?」
ざっと見る限りその階段は。
ビル5階分ぐらいありそうだった。
冷静に考えると。
アズレークは激務だが、休憩時間を使い、15分ぐらいの運動を日に何回もしているらしい。
対する私は……。
ふとグロリアのことを思い出す。
彼女はいったいどんな運動をしているのだろう……。
ともかく言えることは一つ。
私は……運動不足だ。
というか、運動はしていない。
よくこれでこの体型を維持できている……と思ってしまうが、ここが乙女ゲームの世界だからか? そこはありがたいと思いつつ、この階段は……。エスカレーターが欲しいところだが、観光地ではそんなものないのは、前世でも当たり前。
アズレークには「大丈夫だと思います」と答え、階段を上ることにした。
ともかく上ってみないと分からないということで。
幸いだったことは。
階段は幅も広く、途中でビュースポットがいくつもあった。
つまりは休憩をして、海を眺められる場所だ。
おかげでドレスにパンプスという姿だったが。
ちゃんと上りきることができた。
そしてそこから眺める景色は……。
「ああ、シーラという場所はこんな形状になっていたのね」
そう呟きたくなるもの。
砂浜はまるで三日月の形に見える。手前に海が広がり、後ろに街が広がっている。街は白亜の建物で、屋根は紺碧。レオナルドの瞳の色みたいだ。
頑張って上ってきたので、吹いてくる海風が気持ちいい。
「そこの木陰にベンチがある。座ろうか」
アズレークに言われ、ベンチに並んで腰をかけると。
「僕は絵描きをしているマステスと言います。素敵なお二人の姿をデッサンさせていただいてもいいですか?」
突然、声をかけられた。すぐにアズレークが対応する。
「それは構わないが、描いた絵を売りつけたりとか、そんなことは……」
「そんなことはいたしません。僕の勉強の一環で描かせていただきますから」
アズレークと会話した絵描きと名乗ったマステスは、少し離れた場所に、背もたれのない簡易の折りたたみ椅子をおいた。そこに座ると、おもむろにスケッチブックを広げる。
焦げ茶色の髪にたっぷりの髭と丸眼鏡、そしてこの暑さの中、シャツとベストに上衣を着たその姿は、一見すると絵描き……画家には見えない。でも大きなスケッチブックを持ち、木炭を手にしているところから、本当に画家なのだろうと気づく。
「どんな絵になるかしら?」
「どうだろうな。私は黒一色だから描きやすいだろう」
そんなことを話しているうちに20分ぐらい経っただろうか。
「ありがとうございます。お二人はとても素晴らしい被写体でした。記念に絵を贈ります。愛し合う二人に」
マステスはそう言うとスケッチブックを勢いよくひっぱり、自身がデッサンした絵を渡してくれたが……。
驚いた。
画用紙の中央付近が淡く木炭で塗られており、そこに濃い黒い木炭の線画で描かれていたのは……。
ドラゴンだ。
堂々とした体躯の大きな翼を持つドラゴン。
その広げた翼に守られ、小型のドラゴンが寄り添っている。
アズレークと驚いて顔をあげ、マステスのいた場所を見るが……。
そこに彼の姿はない。
「アズレーク、これは……」
「驚いたな。マステスは……魔法を使える人間だったのかもしれない。まさか私達をこの姿で描くとは」
不思議なマステスとの出会いの後は、上ってきた階段とは別の階段を下り、行きとは違うルートで貸別荘まで戻った。
お読みいただき、ありがとうございました!
アズレーク、黒一色で描きやすい……は誤字脱字check中に読んでいて、ニヤっとなりました。読者様はいかがでしたでしょうか?
それでは続きは今晩に~!
週の真ん中、水曜日。もうひと頑張り!
無理なく、マイペースでまいりましょう~



























































