96:二人きりの休暇
「本来、南ガレシア地方には馬車に揺られ、のんびり向かう。馬車の移動から旅気分を盛り上げ、広大なアル河を眺めながら、南ガレシア地方の玄関口となるバルネットの街へ入ることになるのだが……。移動だけで1日半はかかる。そこで時間を浪費したくない。だから魔法で移動してしまうが、いいかな、パトリシア?」
事前にアズレークからそう言われていた。
移動をしながら旅気分を盛り上げる。それは勿論あるだろう。1日半もかかるということは途中の旅籠に滞在するから、そこでちょっとした観光や名物料理を楽しむこともできるかもしれない。
でもアズレークの休暇は限られている。魔法で移動できるのであればそれで構わないだろう。
さらに荷物についても、現地で調達するからと必要最低限のものをと言われ、大きめのトランク一つだけを用意することになった。
宮殿のエントランスで待機している馬車まで戻り、御者からトランクを受け取ると。
「では行きましょうか、パトリシア」
レオナルドが私のトランクを持ち、そして次の瞬間には。
「あ……!」
眩しい。
王都にいた時は、薄曇りだった。
今は眩い程の太陽に照らされている。
気温も王都よりも高く感じた。
王都では初夏の入口だったが。
ここ、シーラは既に夏だ。
長袖のドレスでは暑く感じるぐらい。
さらに吹く風に潮の香りを感じる。
そう、シーラは美しいパールシーと呼ばれる海に面している。そして到着したこの場所からも……陽射しを受け輝くターコイズブルーの海が見えている!
「レオナルド、見て、海が見えるわ!」
興奮気味に振り返ると、そこにいるのは全身黒ずくめのアズレークだ。
「アズレーク!」
その名を呼んだ瞬間に抱き寄せられ、そのまま唇が重ねられる。いきなりの熱い抱擁と口づけに心臓が高鳴り、思わずその胸に抱きついてしまうが。
ここがどこなのか分からない。
シーラの街ではあるが……。
こんなに抱き合って、キスをしていていいのだろうか?
「アズレーク様ですね、お待ちしておりました」
とても落ち着いた紳士な声に、ドキッとして私は飛び上がりそうになる。一方のアズレークは「ああ、そうだ」と落ち着いて対応している。
今回、シーラの街にはホテルではなく、貸別荘に滞在することになっていた。しかもその別荘には専属のバトラーとメイド、調理人などがついており、身の回りのことは、彼らがすべてやってくれるというのだ。そして私達に声をかけた黒髪の長身の男性が、どうやらバトラーであり、背後に見える白亜の建物が、今回滞在する別荘のようだ。つまりは別荘のエントランスに移動していたようだ。
ちなみにこの休暇中。アズレークはレオナルドの姿になるつもりはないと宣言していた。完全に王宮付きの魔術師であることを忘れ、存分に休暇を楽しむつもりだという。だからこそこの貸別荘も、アズレークの名で予約していた。
よく見ると目の前は庭園で、まるで南国のようにヤシの木が植えられている。
「パトリシア、まずは別荘の中を案内してもらおう」
アズレークに言われ、バトラーの先導で別荘の中に入る。
吹き抜けのエントランスホールには巨大なシャンデリア、そしてずらりと並ぶメイド、従者、調理人etc。私のトランクはすでに従者が持ってくれている。一階から順に案内されたが、大小のホール、ダイニングルーム、応接室、遊戯室、図書室。二階には寝室と客室。もちろん、厨房やランドリールーム、メイドや従者が控える部屋などもある。母屋の他に、厩舎もあり、そこには馬も待機していた。
「お昼の用意もできております。せっかくですので海が見えるお部屋のバルコニーで召し上がるのがよいかと。パトリシア様のドレスもお部屋にございますので、着替えが終わり次第、お食事開始でよろしいですか?」
実にできるバトラーだ。アズレークも満足そうに「それで構わない」と応じている。
こうしてマスタールームに案内されたが、もちろんそこは入ってすぐにベッドではなく。応接室にあたる部屋があり、その隣が寝室だ。アズレークは応接室のソファで休み、私はその間にドレスを着替えることになった。
用意されていたドレスは、海の色を思わせるコバルトブルー。シャンタン生地の波打つようなデザインのウエストリボンがとても素敵だ。そのリボンは明るい水色。涼しい色味は暑さを忘れさせてくれるし、青系は私の好きな色なので、嬉しくなってしまう。
おろしていた髪はローポニーテールにして、ウエストリボンと同じ水色の髪留めでまとめた。
姿見で確認してから寝室を出る。
食事をしたら……どこかに出掛けるのかしら?
シーラは観光の街ではあるが、名所となっている城や教会があるわけではない。街歩きがメインというか、海沿いの遊歩道を散策したり、眺望のいい公園に行ったり、シーラの街最大と言われる広場で噴水を見たりといったことが観光となっている。
でもそれらは食事のために外へ出た際にふらりと立ち寄ることができるものばかり。
だからシーラは……。
観光の街であるが、それは本当に、時間を気にして観光地巡りをするのではなく、風光明媚な景色を楽しみ、ゆったり過ごす場所である。
お読みいただきありがとうございました!
無事2話公開できました。
読者様に感謝☆
続きは明日のお昼に公開します!
今週も、ご無理なく、マイペースで頑張ってまいりましょう~



























































