94:新しい日課
「なぜ、二度目以降は金額を安くしたのか」――そうアズレークに問われたノエは、こう答えた。
「金貨30枚なんて大金だ。それでも買うということはそれだけ必要ということだろう。だから二度目は……なんか可哀そうだからまけてやった。それに俺が知る限り、一度飲めばもうバッチリだっていうのに、二度目を求めるということは……。うまく魔法が効かなかったのかな、灰の魔力が弱かったのかなって、思うだろう? だから半額にしたんだよ。別に安くして沢山売ってやろうという気持ちはなかった」
この話をノエから聞く限り。
彼は複数回の連続摂取で体に悪影響があることを知らなかった。つまり使い方を誤れば、体に悪影響が出ることを知らず、ただ悩みを持つ男性を助けたいと思い、『魔法の薬』を販売していた。しかも転売目的などの悪用避けるため客を選び、やたらに数を欲しがる貴族を牽制するため価格をその身分に合わせ変えていただけで、ぼろ儲けを目論んだわけでもなかった。
二度目以降を半額にしたのも、そこで継続して売りつけ儲けるつもりではなく、効果がなかったのではと心配し、割り引いただけだった。
つまり。
ノエは怪しい薬をさばく悪徳ブローカーなどではない。自身の良心で人助けも兼ねて『魔法の薬』を販売していただけだった。ただ、いろいろと知識がなく、結果的に健康被害を広げることになってしまったということだ。
この顛末はレオナルドから宰相を通じ、国王陛下にも報告された。
そして下された判断は……。
ノエに悪意はなかった。
それでも健康被害が出ている。そしてその健康被害は、ノエが正しく自身の再生の力を使えば回復させることが可能だった。だから、ゴメル地区のジョルジオ広場に、王立の病院と医療を学べる学校を建てる。そこでノエは医学について学びつつ、『魔法の薬』の使用で体調不良が起きている患者の治療に当たることになった。
ただ、病院も学校も建設するにも整備するにも時間がかかる。それまでの期間は……ノエはロレンソの診療所を手伝うことになった。手伝うと言ってもノエはすべてにおいてド素人だ。そのノエをとにかく多忙なロレンソが受け入れたのは驚きだったが……。
「不死鳥の力はホワイトドラゴンの回復や治癒の力が及ばない範囲もカバーできます。ですからノエに力をコントロールする方法を覚えさせ、診療所を手伝わせることは、決してわたしにとってマイナスではないのです。それに煎じていたハーブ。あれは素人とは思えない、絶妙な調合でした。ハーブに関する知識は確かだし、物覚えもいいのだと思います」
ロレンソにあれこれ教えてもらえれば。ノエはきっとすぐに不死鳥の力についても理解し、正しく使えるようになると思われた。
それに。
今回ノエを預かることになった御礼として。
診療所には国から多額の寄付が行われることになった。これでノエの住居や生活費もまかなえるし、診療所を手伝うことへの給金も払えるという。
さらに。
『魔法の薬』。これについては一定の……いや、かなりの需要があることが分かった。そこでロレンソの指導の元、配合や処方を新たに考えることにした。さらにロレンソの診療所で正式な薬として、処方を行うことになった。こちらの薬の処方に関しても、助成金が国から出るので、近いうちにロレンソの診療所が入る建物の近くに、薬局を開設することになっている。
ロレンソは増々忙しくなりそうだが。そこはアズレークと同じく仕事中毒。それでいて強い回復の力を持つので。きっとうまくやっていくだろう。何よりも本人がやる気で、そのロレンソに触発され、ノエも俄然やる気になっているのだから。
そう。
ノエは子供の頃から苦労しているが。決してひねくれることなく、優しい人間に成長していた。どこか似た雰囲気を持つロレンソとも上手くやっていけるだろう。
「これで『魔法の薬』の件は一件落着ですね」
ノエが捕えられた日から一週間が経ち、ようやくいろいろなことが決まり、落ち着いた頃だった。その間、アズレークは間違いなく多忙になったのだが。例え夕食は無理でも、私が寝る時間までには帰宅し、素早く入浴をすると……。
私をその胸に抱いて眠り、翌朝一番で屋敷を出て行き、王宮の執務室に泊ることは一切なくなった。その理由は……いうまでもない。私はアズレークが浮気をしていたのではと勘違いしたわけだが……。
私が浮気を疑っても仕方ない原因の一つとしてロレンソは「アズレーク、君はパトリシア様に自身の魔力をまとわせていなかった。つまりパトリシア様のことを君は放置したんだ。そんなことをするなら、わたしがパトリシア様を抱きしめ、わたしの魔力をまとわせるが」と、マーキング不足を指摘し、まるで挑発するような言葉を告げたのだ。
これを聞いたアズレークは……。自身の番に一切の手出しをさせないという本能を大いに煽られることになった。
勿論、毎日の昼食を王宮に届ける――これも復活し、レオナルドから魔力を送られ、アズレークからは熱烈な抱擁とキスを贈られた。だから魔力をベールのようにして私を包むというのはこれで十分だった。だがそこに、毎晩私を抱きしめて寝る――これが日課に加わった。
「パトリシア様。嫉妬したくなるぐらい、あなたからアズレークの魔力を感じます。……少しは独り身のわたしに気を使って欲しいのですが」
ノエの様子を見に、王宮でお昼を終えた帰りに、ロレンソの診療所に顔を出すと。今のような言葉を、冗談なのか、本気なのか、ロレンソから言われてしまった。でもロレンソが思わずそう指摘したくなるぐらい。私はアズレークからたっぷり愛されているわけだ。これでもう浮気とは無縁になれたと思う。
そして今、まさにアズレークの胸に身を預け、ノエの一件がひと段落したことを確認していた。
「ノエの一件は片付いた。さらに補佐官三人への引継ぎも完了している。つまり私はいつでも休暇に入れる状態になった」
そう言うとアズレークが、ネグリジェからのぞく鎖骨へと、優しくキスを落とす。
「……もう、私は我慢する必要がなくなるわけだ」
囁く唇から漏れる息を胸元に感じ、甘美な刺激が肌をくすぐる。
その我慢は今、ここで破られるわけではないのに。
なんだかとてもドキドキしてしまう。
「私も……早くアズレークと結ばれたいです」
思い切って告げると、アズレークの黒曜石のような瞳が、とろけるように輝く。言葉にできない喜びをその顔に浮かべたアズレークが、私を抱き寄せる。
そして――ゆっくり部屋の明かりが消えた。
お読みいただき、ありがとうございます!
魔法の薬事件がひと段落しましたので。
この週末に執筆する時間をいただけないでしょうか!!
ブックマークの更新通知をオンでお待ちくださいませ。
お待ちいただく間、よかったら以下作品はいかがでしょうか。
読者様をお待たせするのは申し訳ないと思い
昨晩、急遽公開しました☆完結済みです。
『断罪終了後に覚醒した悪役令嬢
殿下の女性慣れの練習相手に?』
https://ncode.syosetu.com/n8557ig/
全てが詰んだ後の断罪終了後シリーズ第三弾!
元悪役令嬢で暇人になった主人公は
完璧なのに自己評価が低い元引きこもり殿下の
女性慣れの相手に選ばれるが……。
●完結しているので一気読みできます!
●派手な事件やバトルはなく、ほんわかじれ愛系です!
●男女間の認識の違いなど恋愛お役立ち情報もあり!
●ハッピーエンドです!
●「あ、そういうこと!」というサプライズ要素あり!
●終盤、読んでいるとじわ~と頬が緩みます!
姉妹作品ですので、読んでいただけると嬉しいです☆



























































