20:なぜこんな風に抱き寄せるのだろう?
朝食の後は、昨日と同様、アズレークから魔力を送りこんでもらうことになった。
アズレークから魔力を送ってもらう時、私はカウチソファの背もたれに上半身を預け、寝そべるような体勢をしていた。
でも今日は私が髪をまとめていたからだろう。こんなことを提案された。
「オリビア、こっちのソファに座って」
ソファに座ると、アズレークは私の隣に腰をおろした。
「では魔力を送るから」
肩に左腕を回し、右手で顎を持ち上げる。
ゆっくりアズレークの顔が近づく。
この体勢……これはソファに座り、キスをしている恋人同士のようにしか思えない。
さっき、浮ついた気持ちになっている場合じゃないと、気付いたばかりなのに。なんとか雑念を振り払おうとするが、心臓はドキドキするし、体は熱く火照り……。
ふわふわした気分を抑えるのは、無理だった。
「よし。これぐらいで。今日は今まで一番多く魔力を送った。体への馴染みは問題ないから、送り込んだ量は多いが、大丈夫だろう。五分ぐらい経てば、落ち着くはずだ」
そう言いながらアズレークは、力の入らない私の体を、自分の胸に抱き寄せた。そんなことをされたのは初めてなので、心臓が大きく反応してしまう。
なぜこんな風に抱き寄せるのだろう?
あ、そうか。
頬を冷ますのに手を添える必要がある。
でも私の体に力が入っていないから、支える必要があった……。
アズレークは合理主義者だ。意味もない行動はとらない。
そう分かっていても。
男性の胸に、こんな風に抱き寄せられるなんて。
慣れていないから……。
全身の熱が冷め、体が動くようになっても。
しばらく心臓のドキドキだけが、収まることがなかった。
◇
午前中は聖女についての座学。昨日習ったことの復習をした。
昼食を経て、午後は魔法を使い、聖杯に聖水を満たすことになった。
昨日と同じく、中庭で早速練習を始める。
まずは魔法で隠している聖杯を実体化するところから、アズレークに習う。
「私の呪文はシンプルに『聖杯よ、顕現せよ』だ。オリビアはどうする?」
「そうですね。すぐに取り出したいと思うので、私も同じ呪文にします。……なんだかアズレークさまの呪文を真似してばかりですが」
するとアズレークは、ふわっとした優しい笑みを浮かべる。
こんな笑顔もするのかと、思わず胸がキュンとしてしまう。
「私の呪文は、装飾を取り去ったシンプルなものだ。つまり基本中の基本の言葉だけを、並べたもの。無駄を省けば、必然的に私の使う呪文になる。真似だとは考えなくていい」
「分かりました」
「ではやってみようか」
頷いた私は、腰のシルバー細工のベルトを見る。
そこには陽炎のように揺らめく聖杯が見えている。
先に魔法で隠しておいた。
ゆっくり左手を聖杯に向け、目を閉じる。
おへその下あたりがじんわりと熱くなってくる。
ここにアズレークが刻印した起点がある。
昨晩、入浴時に確認したが、コインサイズの美しい紋章だった。
その紋章は、どこかで見たことがある気がした。
それは色が白く、雪の結晶みたいな幾何学模様だからだろう。
その秀麗な紋章が脳裏に浮かび、魔力がダイヤモンドダストとなり、キラキラと輝く。
聖杯に煌めくダイヤモンドダストが舞い散る。
「聖杯よ、顕現せよ」
陽炎のようなゆらめきではなく、ハッキリ視認できる状態で、聖杯はそこにある。
「……オリビア、素晴らしい。ちゃんと集中できている」
「アズレークさまのおかげです。起点を刻印くださったので、集中できるようになりました」
「それは良かった」
黒い瞳を細め、アズレークは微笑むが、すぐに真剣な表情に戻る。
「では今度はその聖杯に聖水を満たす。そのためには聖水を召喚する必要があるのだが……」
このあともう1話公開します!



























































