84:明らかに様子がおかしい
貴族御用達のお店が並ぶ通りに向かい、まずはイチジクのチョコレートを購入した。スノーにリクエストされたものだが、これはドライイチジクにチョコレートをコーディングしたもので、季節限定商品だ。義父のエリヒオが一度お土産で買ってきて、それを食べたスノーはその美味しさに感動していた。そして今日、スノーを置いて出掛ける私にお土産としてねだったものだった。
限定品なので売り切れを心配したが。残っていて良かった。
チョコレートの入った紙袋を手に馬車に乗り込み、ロレンソの診療所に向かうことにした。時間としては午後の診療時間が終わる頃合いだ。今日、マウラ男爵夫人に聞いたことをロレンソに伝えたいと思っていた。アポなしでの訪問になるが、患者がいるようなら待たせてもらおう。一応ロレナには私の帰りを待たず、夕食はスノーと食べて欲しいとお願いしてある。だから多少帰りが遅くなっても問題なかった。
ということでいつもの場所に馬車を止め、用意していた布で髪をくるみ、口紅を落とし、馬車を降りる。落ち着いた色味のワンピースだし、夕方のこの時間だ。皆、家路を急ぎ、すれ違う人物のことは気にしていない。何より街灯が多いわけではないので、貴族であることはバレないだろう。
それに修道院にいたことがあるので、貴族のオーラは完全に消すことができた。何の問題もなく、ロレンソの診療所のある建物に辿り着く。
一階のガラスの扉には「本日終了」と札がかけられている。最終受付時間は既に過ぎているということだ。でも扉は診察を終えた患者が出られるように、ちゃんと開いている。中に入り、二階へと続く階段を上る。またしても扉には「本日終了」の札が出ているが、押せば中に入れるので、扉をグッと押すと。
受付の看護師と目が合う。すぐに私が誰であるか分かり、看護師は笑顔になる。待合室に人はおらず、どうやらすぐ、ロレンソに会えそうだ。
「パトリシア様、今日はどうされましたか? スノーちゃんはいないのですね」
「はい。今日、スノーは屋敷で勉強中なので。私はロレンソ先生に例の小瓶の件で話がありまして」
看護師は「なるほど、なるほど」と頷いた後、こんなことを告げた。
「今日のロレンソ先生はちょっと変なんですよ。……本人は気にしないでくれと言っているので、パトリシア様も気にしないであげてくださいね」
「……? は、はい」
よく分からないが頷くと、そのまま診察室に通された。
その瞬間。
思わず息を飲む。
ロレンソもまた困り切った顔をしている。
困り切った顔をしているのだが……。
その白金色の目元はうっすら桜色で、頬もほんのりチェリー色。そしてなんとも苦し気な表情で吐息を漏らしている。
明らかに様子がおかしい……。
「……まさかパトリシア様がいらっしゃるとは。すみません、その、気にしないでください」
少しハスキーボイスで、なんというか、えもいわれぬ色気に溢れている。立ち尽くしていると。
「申し訳ないのですが、少し距離を置いて座ってください」
「分かりました」
丸椅子を診察室の入口よりに移動させ、腰を下ろした。
気持ちを落ち着かせるかのように、大きく息をついた後、ロレンソが話し始めた。
「昨日、パトリシア様から受け取った小瓶の中身を分析しました。その多くが煎じたハーブ類であると判明したのですが……。それ以外に灰のようなものが含まれており、何だろうかと確認した際、それを吸い込んでしまいました。これでも魔法を使い、薬の作用を抑えているのですが。いわゆる媚薬のような効果が出ているんですよ。……奇しくも『魔法の薬』なる怪しい物の効果を、体感することになってしまいました」
ロレンソの言葉にマウラ男爵夫人の言葉を思い出してしまう。
――「お若い男性が服用すると、大変元気になられるそうなんですよ」
どんな効果が出てしまったのか。それは想像の域が出ないが。魔力の強いロレンソをもってしてもこの状態ということは……。『魔法の薬』は確かに効果があるようだ。
「大丈夫ですか、ロレンソ先生……」
「ええ。魔法で薬の作用を抑えていますから。もし効果がそのまま出ていたら。パトリシア様を前に、こんな風に落ち着いてはいられないと思います」
そう言って苦笑しているが。いつもの高貴な雰囲気はなく、とにかく艶っぽく、見ている私までドキドキしてしまう。ドキドキするからといって、私にできることは……ないと思われた。
「灰のようなものは分析できたのですか?」
「自分に起きている現象を抑えるのに手いっぱいで。まだ分析できていません」
そこでロレンソは再び大きく息を吐く。その様子が苦し気なのだが色っぽく。またも私はドキドキしてしまう。一方のロレンソは。
「わたしは治癒や回復の力が強いのですが、毒などの解毒も勿論、得意です。でもこの灰とハーブの作用は……。それでも間もなく24時間経ちますから。わたしのところを訪れた患者の話を聞くと、この『魔法の薬』の効果は3日程続いたそうです。でもわたしであれば……間もなくその作用は消えるでしょう」
「そうなのですね」
「それで、パトリシア様。今日はどうされましたか?」
お読みいただきありがとうございます!
本日も読者様のおかげで、無事2話更新できました。
ありがとうございます!
明日も朝とお昼に公開します!



























































