82:相当熱烈な関係かと
「パトリシア様、帰りに絶対、イチジクのチョコレート、買ってきてくださいね!」
「ええ、約束するわ、スノー。だから勉強、頑張ってね」
「はぁ~い!」
エントランスで義母のロレナと共に見送りをしてくれるスノーに手を振り、私は馬車へ乗り込んだ。マウラ男爵の屋敷は王都の中でも少し西よりの場所にある。そこは緑が豊かな場所なので……という理由で、派手過ぎない落ち着いたライトブルーで裾に少しだけフリルがついたワンピース姿で、私はマウラ男爵夫人に会うため、その屋敷へ向かっていた。
例の『魔法の薬』。
これについて話を聞くためだった。
本当は。
そんなことの心配よりも。
グロリアとアズレークの件をどうにかしたい気持ちもあった。でも肝心のアズレークと会うことができていない。そしてこの件は手紙で尋ねるようなことでもなく、直接話した方がいいということもよく分かっていた。だから、アズレークが屋敷に帰って来るようになり、顔を合わせる時間ができたら聞こうと思っているけれど。
屋敷で顔を合わせる時間。
そんな時間ができるのだろうか。もしアズレークが心からグロリアを望んでいるのなら。屋敷にいる時間がこれから増えることは期待できないのでは……とも思ってしまう。その一方で王命もある。だからやがてはアズレークも屋敷に帰ってくるかもしれないが……。
愛のない結婚。
そうなってしまうのだろうか。
真実の愛に巡り合えたと思っていたのに。番(つがい)の絆は絶対だと思っていたが……。
ダメだ。
やめよう。
今はこの件について考えるのは。
本人に聞いてみないと分からない。見たままで考えると、二人は人目を忍んで逢瀬を楽しんでいたとしか思えないが、何か理由があったのかもしれないのだから。
理由……なんてあるのだろうか?
そうやって考えないようにしても考えてしまい、悶々しているうちに。マウラ男爵の屋敷に到着していた。
◇
「パトリシア様、ようこそいらっしゃいました!」
マウラ男爵夫人は、落ち着いた濃紺のドレス姿で私を迎えてくれた。髪色もダークブロンドの彼女は、その服装と見た目からもとてもおしとやかで真面目に見える。だからまさかあのお茶会で『魔法の薬』の話題が出るとは驚きだったのだが……。
今日、改めて会ってみても。夫婦間のセンシティブな話題を出すようには思えなかったので、やはり不思議な気持ちで案内されたテラス席に腰をおろした。
すぐにメイドがブルーベリーの沢山のったケーキと紅茶を運んでくれる。
マウラ男爵夫人は笑顔でケーキと紅茶を私にすすめると、早速という感じで口を開いた。
「……もしかして、パトリシア様も婚約者の魔術師様と、あの薬をお試しになりましたか?」
いきなりその話をふられ、手にしていたカップをひっくり返しそうになってしまう。なんとか動揺を静め、口を開く。
「い、いえ、あれは使っていません。そもそも私達はまだ式も挙げていませんので。まだそういうことは……」
「まあ、そうなのですね! あの王太子様を振って結ばれたいと願ったお相手なので、相当熱烈な関係なのかと思いましたのに」
マウラ男爵夫人は驚いて目を丸くしているが、私は私でそんなことを言われ、目を丸くしてしまう。
「そ、その、勿論、そうなのですが、手順を正しく踏みたいと思っていますので……」
「そうなのですね。真面目なのですね、お二人は」
……。………。
真面目なのはマウラ男爵夫人かと思っていたのだが。どうもそうではないようだ。
「あの薬は、ご年配の男性に効くのは勿論、お若い男性が服用すると、大変元気になられるそうなんですよ」
そんな言葉がマウラ男爵夫人の口から飛び出すとは思わず、紅茶を飲んでいた私はむせてしまった。
「大丈夫ですか、パトリシア様?」
マウラ男爵夫人が差し出すナプキンを受け取り、口元を拭う。彼女との会話の最中は、紅茶を飲むのもケーキを食べるのも止めておこう。
「うちは一回使っただけで主人の問題も解消しましてね。でもあの時は二度目もうまくいくか心配で、念のため、もう一度だけあの薬を手に入れようと、わざわざまた出向いたのですよ」
そこでマウラ男爵夫人は声を潜め、私にだけ聞こえる声で囁く。
「ジョルジオ広場に。あのゴメル地区の」
やはり。
そこで手に入れた物なのか。
「ゴメル地区……。治安が悪いことで有名ですよね? そんな場所に行かれたのですか?」
私が尋ねると、マウラ男爵夫人はどうやらこの件を誰かに話したかったのだろう。ペラペラとこの『魔法の薬』について話してくれた。
まず『魔法の薬』について、マウラ男爵夫人に教えてくれたのは、ビララサウ伯爵夫人だ。ビララサウ伯爵といえば、伯爵家の中でも歴史ある由緒正しい一族。まさかそこの夫人から『魔法の薬』の話題が出るとは……。
ただ、確かビララサウ伯爵は後妻を迎えたはずだった。産後の肥立ちが悪かった先妻は、うんと昔に亡くなっている。子供は成人し、やもめだった伯爵が年若い後妻を迎えたのは……最近のはず。そう考えると、伯爵が『魔法の薬』を必要とした気持ちは……理解できる。
しかし、あの伝統ある一族のビララサウ伯爵が『魔法の薬』について知っていたことには驚きだったし、それを買うために間違いなくゴメル地区に足を運んだと思うと……。もはや上流貴族の間でも『魔法の薬』は有名なのかもしれない。
お読みいただきありがとうございます!
本日も無事、2話更新できました。
これも読者様のおかげです。感謝です☆
明日は朝とお昼に公開します!



























































