81:親密そうな後ろ姿
スノーは結局、本日2個目となるマンゴータルトを食べ、満面の笑みで看護師とロレンソに手を振っている。こうして馬車に乗り込むと、屋敷へ帰ることにしたのだが。
従者が手配した馬車の御者に「中を通らず、迂回する形でゴメル地区を通ってもらえるかしら?」と告げると。非常に難色を示された。普通に街の人間が利用する馬車で、貴族相手の馬車ではない。そんな馬車でさえ、ゴメル地区に近づくのは嫌なようだ。仕方ないので、料金の上乗せをするからと交渉すると、渋々承諾してくれた。
馬車が走り出すと。
満腹のスノーは私にもたれ、ウトウトしている。従者は一応、腕っぷしに自信がある者を連れていた。それでもゴメル地区のそばを馬車が通るということで、少し緊張した顔付きで窓の外を見ている。私はというと……初めて目にするゴメル地区をしっかり眺めていた。
ゴメル地区は、一見すると普通の街に見える。
ありきたりの昔からの街並み。
昔からある……確かにそれはそうだが、つまりは古い建物ばかり。石垣もレンガもひび割れていたり、欠けていたり……。それでも人は多い。服装は……ロレンソの診療所がある辺りの人達と変わらない気がする。
あ、でも。
昼間から酔っている感じの人も多い。路上で寝そべったり、暗がりでたむろしていたり。それに細い路地も多いように見えた。野良犬もウロウロしているし、道にはゴミも散乱している。そんな様子からやはり治安の悪さを感じてしまう。
え。
黒みがかったストレートの紅い髪。炎のような赤い瞳。血色のいい白い肌。
特徴的な口元のほくろに、マリーゴールド色の華やかなドレス。
抜群のその存在感は間違いない。
グロリアだ。
アズレーク……レオナルド付きの魔術師補佐官の一人。
どうして、こんな場所に?
よく見ると、隣に男性がいる。
長身で、ブロンドベージュの長髪に青緑色の瞳、通った鼻筋。
姿勢もよくスラリとした細身でシャンパンゴールドのマントをまとっている。
グロリアの恋人……?
そう思ったが。
違う。
あれは……アズレークだ。
アズレークとレオナルドの中間というか、変身した姿だ。
顔や髪はアズレークだ。彼の髪の色と長さ、そして瞳を変えた姿。そしてあの長身とスラリとした体型はレオナルド。
え、どういうこと?
なぜ変身した姿でグロリアと二人、こんな場所にいるの?
そこで気づいたのだが。
二人が出てきたのは、なんというかホテルのような建物に見える。
そこで思い出す。
ゴメル地区の治安の悪さの一つにつながっている理由、それは――いわゆる娼館が密接しているエリアがあるからだ。それに付随して、男女が短時間で利用するようなホテルもそこに集中して営業している。そこはゴメル地区と隣の地区に近いことから、周辺の地区からの利用者も多いと言われていた。
「えっ」
思わず声が出てしまい、従者が私を見た。
従者に見られていると分かったが、私は固まっている。
グロリアとアズレークが腕を組み、ホテルの曲がり角を歩いて行く。
親密そうな後ろ姿に呆然とする。
そして心臓がバクバクといやな音を響かせていた。
◇
「パトリシア様、今日のお料理はお口に合わなかったかしら?」
義母のロレナに尋ねられ、慌てて首を振る。
「そんなことございません! とても柔らかい子羊のお肉で、ソースもとても美味しいです。……ただ、その、マンゴーのタルトも食べ過ぎてしまい……。すみません」
「まあ、そうでしたのね。それなら安心だわ。確かにあのタルトは美味しかったから。つい食べ過ぎてしまうわよね」
「スノーも2個食べましたよ!」
「まあ、スノーちゃん。それなのにこの後、またタルトを食べたいの?」
ロレナがスノーと楽しそうに話し出したのを見て、安堵する。同時に。なんとか目の前のお肉を口へ運び、飲み込もうと努力した。
偶然。
グロリアと二人きりのアズレークを見てしまってから。
気が気ではない状態が続いている。
マルクスからもらった番に関する本も帰宅してから熟読したが。浮気に関して書かれたページは……見つからない。
ただ、一文だけこう書かれていた。
「番と結ばれれば、それは一生の絆を結ぶことになる。一度決めた番以外の相手と結ばれることは、ない。」
それは……とても心強い文章だった。
間違いなく番は一対一。
一度決めた番以外は見向きもしないということだ。
そう。
結ばれていれば、だ。
もし番がいるのに、結ばれていなければ……。
ロレンソは私がまだ純潔であるからこそ、自分にもチャンスがあると言っていた。つまり例え番がいたとしても、結ばれる前であれば、番以外の相手にも目が向くということなのでは……?
グロリアは……同性からも見ても魅力的だった。しかも魔力も強い。その上で貴族の女性の護衛をできるぐらいの強さも持ち合わせている。
さらに。
グロリアが魔術師補佐官となってから。
アズレークは昼食を届けなくていいと言い出し、夕食も屋敷でとらなくなった。朝食は勿論、真夜中に屋敷へ戻っているかも……今となっては分からない。
てっきり仕事が忙しいと思っていた。三人の補佐官への指導に追われ、私と過ごす時間もなくなっているのかと思ったが。
もしグロリアと過ごすために、私を避けているのだとしたら……。
アズレークと私が番であることは事実。それは国王陛下も知っている。私とアズレークが結ばれ、より強い魔力を持つ次の魔術師の誕生を国王陛下は期待しているのだ。それは王命でもあり、逆らうことができるものではないはず。
それでももし、アズレークがグロリアと恋に落ちていたのなら……。
私と婚約破棄をするという選択肢をアズレークは選ぶことができない。だから私に隠れ、二人は人目を忍び、貴族が近寄ることはないあんな場所で逢瀬を楽しんでいる……?
そんな考えがずっと脳から離れず、食事もままならない状態になっていた。
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