79:意外
「あらあー、スノーちゃん! 差し入れをくれるの? 嬉しいわ、ありがとう!」
ロレンソの診療所の看護師たちは。
最初は無愛想な感じだったのだが。
アズレークが多額な寄付をしたことを知ると、態度が変わった。それは何も現金な性格をしていたわけではない。仲間だと認めてもらえただけだ。多額な寄付で態度を変えたわけではない。鼻持ちならない貴族達という見方から、街の人間に理解のある貴族と認識してもらえた結果だ。
だから。
私やスノーが診療所に顔を出すと、気さくに声をかけてくれるようになった。
一度信頼した人間にはとことん優しいのが、街の人間の特徴とも言える。
最後の患者を送り出すと、看護師は建物の入口や二階の扉に鍵をかけ、休憩室に向かった。差し入れのマンゴータルトを手に持ち、スノーを連れ、休憩室へ入って行く。
「患者さんがね、なんかとっても高いっていう紅茶を差し入れてくれたのよ。その紅茶と一緒にタルトをいただきましょう」
そんな声が聞こえてきたので、スノーは看護師たちにまかせ、私はまだ診察室にいるロレンソのところへ向かった。
「パトリシア様、わざわざ差し入れを届けてくれたと聞きました。ありがとうございます」
白衣姿のロレンソは、若く美しい医師であり、なんだか眩しく感じる。やはり品があり、こんな場所で開業医をやっていることを不思議に感じてしまう。
患者ではないのだが、他に座る場所もないので、ロレンソの目の前にある患者用の丸椅子に座る。そしてワンピースのポケットから例の小瓶を取り出した。
「ロレンソ先生、実は……」ということで、この小瓶について話すと。
「ありがとうございます、パトリシア様。これは……例の怪しい物で間違いないと思います」
ロレンソは興奮気味に私から小瓶を受け取った。
なんでもこの怪しい物――「魔法の薬」はどんなに大金を積もうと、1瓶しか売ってくれないと言うのだ。しかも購入する時は男女のペアで買いに行かないとダメなのだという。つまり実際にこの薬を使う二人で買いに行き、そして1回分――1瓶しか売ってくれないと言うのだ。
「これが一回分で、みんな飲みきってしまうのですよ。それで何度か服用しているうちに、体に異変が起きてわたしのところへ駆けこむ。だから空の瓶はいくつも見たのですが、実際の薬はまだ見たことがなくて……。そしてこの小瓶は見慣れたもの。間違いなく例の怪しい物ですよ。……『魔法の薬』、そう呼ばれているものが入っている小瓶です」
そう言うとロレンソは右手で机の引き出しを開ける。
するとそこには確かに、今、私が渡したのと同じサイズの空の小瓶がいくつも転がっている。その数は、数個ではない。結構な数だ。それだけこの「魔法の薬」で体に問題が起きている人がいるということだ。
「まあ、わたしが買いに行けばいいのでしょうが、いかんせん、男女二人で行く必要があり……。看護師たちに頼んでも『そんないかがわしいことには付き合えない』と断られてしまい……。それに男女のペアで買いに行ったところで、必ずしも入手できるわけでもないのです。買いに行くのが恥ずかしいので、金を払い、誰かを雇って向かわせても、売ってもらえないのだとか。本物の恋人同士や夫婦ではないと、見破られてしまうそうです。それに転売目的で買いに行っても、手に入らない。つまりはこちらから『ください』とはできず、『これが必要では?』と声をかけられるそうです」
この話は意外だった。
身体に悪影響が出るような薬を売っているのだ。てっきり金儲けのために商売をしているのかと思った。売り手が積極的に買い手に近づき、誰彼構わず高値で売りつける様子を想像していたのだが。そうではないらしい。
「成分を調べれば、体に不調を起こす原因も分かるでしょう。流通させている人間をすぐに押さえることができなくても、体の不調を回避する方法が見つかるかもしれません。これは大きな前進になります。本当に、ありがとうございます、パトリシア様」
「お役に立てて良かったです。ちなみにどこに行くとそれは手に入ると言われているのですか?」
私の問いに答えたロレンソがあげた場所は、グミレ通り、ジョルジオ広場、エオナ通りなどがあるゴメル地区だ。ここは昔ながらの街並みが続き、手ごろな値段の様々なお店が多いエリアと聞くが……。その一方で治安があまりよろしくない場所としても知られている。貴族は……当然だが近寄らない。馬車でさえ、この地区は避けて迂回する。そんな場所だ。
ゴメル地区に比べれば、ロレンソの診療所があるこの辺りは、治安の良さは格段にいい方だと言える。無論、それは街という中での話であり、貴族が暮らすエリアに比べれば、今いるこの場所も治安は悪い。なにせ私は既にスリにあっているわけで……。
「パトリシア様、マンゴータルト、ご馳走様です! とっても美味しいですよ。これを手作りできるなんて。この街でケーキ屋をやって欲しいぐらいです。さあ、先生もどうぞ!」
看護師が切り分けたマンゴータルトと紅茶をロレンソに出し、私には紅茶を出してくれた。御礼を言って紅茶を受け取る。看護師は笑顔で休憩室へと戻っていく。
一方のロレンソは早速マンゴータルトを食べ始めた。
「これは……本当に、美味しいですね。マンゴー自体が完璧に完熟していて、その甘さが最大限ですが、中のクリームが果実の甘さを邪魔していないところがいい。そして生地のサクサク感も素晴らしい。……パトリシア様は本当に、公爵令嬢とは思えませんね。修道院でよほどお菓子作りの腕を磨いたのでしょうか」
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夜公開分の準備もできました。
23時頃に公開します。
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