74:甘い香り、甘い味
まさかアズレークが待ってくれているとは思わなかったので、笑顔で駆け寄ると。
「パトリシア。魔法の練習を頑張ったから。君の好きな紅茶を用意させた」
その言葉に、ほのかに漂う匂いを知覚する。
このさっぱりとしたフルーティーな香りは……!
「母君が茶会の土産でもらったらしいが、春詰みのダージリンだ。ファーストフラッシュというもので、100%ダージリンの茶葉のみで、希少なのだとか。パトリシアがダージリンを好きだからと、こっそり母君が私に渡してくれたよ」
「そうなのですね……! ファーストフラッシュと言ってもブレンドされていることが多いので、100%は本当に珍しいかと。いただきます!」
いつも通りの黒いナイトガウン姿のアズレークの隣に腰をおろし、ソーサーを手にカップを口元へ運ぶ。ローテーブルにはマスカットも置かれているが。この香りは間違いない。ダージリンの香り。
ゆっくり口の中に紅茶を含むと。
爽やかな香りとストレートティーならではの舌に残る渋み。マスカットを一粒頬張り、甘みの余韻が残る中、紅茶を口に流し込む。
う~~~ん。幸せ。
紅茶がこんなに美味しいと思えることに感動してしまう。
「マスカットを食べて、紅茶を飲む。その飲み方は紅茶の味を引き立てるのか? それともマスカットが美味しくなるのか?」
アズレークが不思議そうに尋ねる。
ファーストフラッシュとマスカットを一緒に出すといい、というのはきっとロレナに言われたからで、アズレーク自身は理由が分からないのだろう。
それならば。
「これは試すのが一番です」
アズレークの口にマスカットを運ぶと。パクリとその粒を頬張る。
素直にマスカットを口にするアズレークは……なんだか可愛らしく感じてしまう。
「口の中に果汁が残っている状態で紅茶を飲んでみてください」
言われるままに紅茶を口に運んだアズレークは……。
「紅茶の渋みに甘みが混ざり、なんだか香りといい、味わいといい、キリッとした白ワインを飲んでいるかのようだ」
しばらくは二人で紅茶を楽しんでいたが。アズレークは突然こんなことを言い出した。
「紅茶とマスカットなのに。なんだか酔ってしまったようだ」
そんな風に言いながら、ゆっくり私を抱き寄せる。
そして耳元に口を近づけ、心地良いテノールの声で囁く。
「……甘い香りがする」
ベルガモットの香油をつけていたから。
その香りにアズレークが気づいたようだ。
触れるか触れないかの距離まで、私の首筋に自身の鼻を近づけると……。
アズレークがベルガモットの香りを楽しんでいる。
くすぐったいし、とてもドキドキしてしまう。
「……!」
アズレークの唇が首筋に触れ、そこを起点に全身が熱くなった。
こうなるともう……またもあの本に書かれていた通り。
本能的にアズレークを求める気持ちが昂ってしまう。
両腕をその首に絡め、「アズレーク」と名前を呼ぶと……。
静かに重なった唇はマスカットの甘い味がした。
◇
翌朝。
今度は私が先に目覚めた。
昨晩は。
紅茶を楽しんだ後。
ソファではまたも危うい状態になりかけ、アズレークは再びレオナルドの姿になった。もしやこのままレオナルドの姿で休むのではと思ったが。ベッドに潜り込む時にはアズレークの姿に戻ってくれた。
でも。
抱擁もキスも控え目で、アズレークが必死に自身をコントロールしているのが伝わってくる。それなのに。意地悪な私は。容赦なくアズレークに甘え、彼を散々翻弄してしまった。
アンニュイな表情のレオナルド以上に。
熱く潤んだ瞳で、自身を律しようとするアズレークは……とんでもなく艶っぽく感じてしまう。とてもワイルドでフェロモン全開なのに。決してキス以上をしないという強靭な精神力には……畏怖の念すら覚えてしまう。
だがそれがアズレークなのだ。
この強さがあるから、彼は王宮付きの最強魔術師という地位にいられるのだろう。
ということで。
昨晩、アズレークの徳の高さは堪能できたが。
私としてはいろいろと物足りない。
だからきっと目覚めてしまったのだろう。
カーテンの隙間から差し込む光はまだ弱い。
まだ、夜明け前。
そして。
見る限り。
アズレークはまだぐっすり眠っている。
私が体を動かしても、目覚める気配はない。
そっと指を伸ばし、その形のいい唇を指で撫でると。
しっとり潤い、柔らかく、とてもなめらか。
まるで肉厚な薔薇の花びらみたいだ。
ベルベットのような極上の質感。
そのアズレークの唇に、何度もキスをしていると。
当然だが、逆鱗がじわじわと熱くなってくる。
これ以上は私が持たないとキスをやめた瞬間。
アズレークに抱きしめられた。
「パトリシア。ちゃんと睡眠はとれているか?」
「ご、ごめんなさい。起こしてしまいました?」
慌てる私に対し、アズレークは抱きしめる腕に力を込め、でも限りなく優しく微笑む。
「こんなキスで目覚めることが出来て幸せだよ」
朝から身も心もとろけてしまうような言葉に、全身の力が抜けそうになる。
さらにその後は……。
私がした倍以上のキスをお返しされ、逆鱗の反応を抑えるのに本当に必死だった。
お読みいただき、ありがとうございます!
日をまたいでの更新ですが、なんとか公開できました……!
深夜に読んでも、朝読んでも、本文と時を同じくする展開です。
続きはお昼に公開できるよう頑張ります!
【お知らせ】
6月8日の朝7時に
『悪役令嬢完璧回避プランのはずが
色々設定が違ってきています』
こちらのEpisode4がスタートします。
これは一見の価値ありになりますので
もし未読の読者様がいたら遊びに来てくださると幸いです!
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