46:まだ朝は早い
食事を終えると、一旦部屋に戻り、身支度を整えることになった。
既にダイニングルームでロレンソと別れの挨拶は終えている。
別れの挨拶……。
この先、ロレンソが二度と会うことがないかというと……。
それはない。
ロレンソはガレシア王国に戻って来る。
寄付金を使った活動の報告はするつもりだろう。
そして完全に私を諦めてくれている。
だから。
きっとまた会える。
ロレンソに対して私は恋愛感情はない。
ただ、見守りたいという気持ちはある。
彼の抱える事情は辛いことが多い。
ついさっき聞いてしまったグレイシャー帝国での立場も含めて。なんとか幸せになって欲しいと思っていた。
「パトリシア、準備はいいか?」
「ええ、大丈夫です」
「ではこちらへおいで」
アズレークはソファに座っている。
その隣に座ると。アズレークが低い声で何か囁いた。
「あっ」
さっきまで。
真っ白な壁紙と絨毯が敷かれた部屋にいたのに。
目に飛び込んでくるのは……。
落ち着いた濃紺の絨毯。
マホガニーのローテーブル。
水色と白のストライプに小さな薔薇がプリントされた壁紙。
壁紙とお揃いの模様のソファ。
戻ってきていた。マルティネス家の屋敷の自分の部屋に。
「アズレーク、すごいわ!」
喜んで立ち上がろうとする私の腰をアズレークが抱き寄せる。
「ロレンソにできる魔法で、私にできない魔法はないと言っただろう?」
「ええ、本当にそうですね。ありがとうございます。連れ帰ってくださって」
笑顔でアズレークに抱きつくと。
「当然だ。パトリシアは私のものだ。誰にも渡さない」
アズレークの腕が私の首に伸び、ゆっくり自身の方へと引き寄せる。
黒曜石のような瞳がすぐ目の前にあった。
「……アズレーク。ずっと気になっていたのですが……。あなたの瞳が赤黒く輝いて見えました。これは……?」
「ああ……それは。アズレークの姿で怒りの感情が昂ると、ブラックドラゴンの魔力が私の体により強く作用するようだ。赤黒い瞳はブラックドラゴンの瞳と同じ色」
それは驚きの情報だ。
ブラックドラゴンの瞳と同じ色に変化するなんて。
「その状態でさらに魔力を使うと、ブラックドラゴンの姿に変る」
追加の一言は、さらなる衝撃をもたらした。
アズレークは聖獣の姿になれると情報としては理解していたが。実際、ブラックドラゴンの姿を見たわけではない。だから半信半疑だったが……。
あの赤黒い瞳がブラックドラゴンの姿に変る兆しと聞いてしまうと。本当にアズレークがブラックドラゴンの姿に変ることができるのだと実感してしまう。
「だがあの姿を維持するのは……。かなり魔力を使うし、姿を変える場所も時間も選ぶ。ロレンソは……ホワイトドラゴンは相当な高度まで飛べるようだが……。ブラックドラゴンは、高度についてはホワイトドラゴンに及ばない。人に見られると面倒だからな。だからそう姿を変えるつもりはない」
「なるほど」と頷く私をアズレークはそのまま抱き寄せ、自身の膝の上にのせる。私の髪をすくように撫でながら、耳元で囁く。
「さて。まだ朝は早い。このまま王宮に行くか、パトリシアとゆっくり過ごすか……」
「王宮に行かなくてもいいのですか?」
驚いてアズレークの顔を見下ろすと。
黒い瞳が私を見上げ、優しく微笑む。
「国王陛下には3日間の休みを願いでていたから」
「……! それならスノーと三人でルクソール・プレジャー・ガーデンズに行きませんか? スノーがずっと行きたがっていたんです」
ルクソール・プレジャー・ガーデンズは、前世で言うところの遊園地のような場所だ。巨大な庭園の中に、果樹園、迷路、回転木馬、楽団による演奏会、ショー、飲み物や食べ物を販売する出店もある。王都には半年前にできたらしく、スノーがポスターを見つけた。私もそのポスターを見て、いつかアズレークとスノーと三人で行ってみたいと思っていたのだ。
「いいだろう。そんな風に三人で出掛けたことはないからな」
「! ありがとうございます、アズレーク。早速、スノーに知らせます。きっと大喜びするわ」
床に足を下ろそうとする私を「少し待って、パトリシア」と、アズレークが抱きしめる。
「この時間だとスノーは朝食の最中だ。もう少ししてから、声をかけよう」
アズレークの言葉に置時計を見ると、確かにまだそんな時間だ。
昨日は魔力をしっかり回復させたいと早寝して、今朝は早起きしていたことに今さら気づく。
「そうですね。まだこんな時間だったのですね。……このドレスも着替えないと。夕食会にあわせ、着替えたドレスでしたから」
「着替え……だがスノーも外出に備え、着替える必要があるだろう。今はまだいい」
アズレークの手が首の後ろにすべりこみ、私の顔を自分の方へと引き寄せる。サラサラの黒髪の前髪の下、輝きを帯びた黒い瞳と目が合う。
「パトリシア」
テノールの耳に心地よい声が私の名を呼ぶ。
一瞬で胸が高鳴り、伸ばした手でアズレークの上衣をぎゅっと掴む。
「アズレーク」
愛する人の名を呼ぶ私の唇に、彼の唇が優しく重なった。
おはようございます!
お読みいただき、ありがとうございます!
次回はお昼頃(11時後半~12時前半)『完璧な説明』を更新します。
週の始まり月曜日。
気持ちを上向きに、今週もマイペースで頑張りましょう~
ロレンソのイメージ画像を追加しました。
「25:美しい恋物語」に追加しているので
良かったらご覧ください~
引き続きよろしくお願いいたします。



























































