44:それだけでは済まないはず
激しい呼吸により魔力を奪おうとした。
それに気づいたアズレークは……。
「まさか……、触れられたのか? 番(つがい)の証である逆鱗に?」
私が返事をするより前に。
「だからか。ここに近づくにつれ、パトリシアの気配を強く感じた。逆鱗に強い反応を感知したが……」
その後は絶句し、顔を伏せていたが。
突然、上半身を起こしたアズレークの黒曜石のような瞳は、赤黒く輝いている。
とてつもない怒りをその瞳から感じ、驚きつつも、この感情を鎮めなければ、大変なことになると思えた。
「アズレーク、落ち着いて、お願い」
必死にその体を抱きしめ、唇を重ねる。
アズレークの体はワナワナと震えていたが。
私を抱きしめると、力を抜き、ベッドへと横たわった。
苦しそうな呼吸を繰り返したアズレークは、呻くようにして私に尋ねる。
「……逆鱗に触れられた以外は……?」
首筋にキスを何度もされ、抱きしめられたのだが。
これは言うべきなのか……?
「魔力を奪うほど呼吸を激しくさせるのであれば。……逆鱗だけでは済まないはずだ」
アズレークは鋭い。
黙っていたら不安を煽るだけだ。
意を決し打ち明けると……。
「……消し炭にしておけばよかった」
「アズレーク! そんなこと言わないで」
アズレークは私の両手首を掴むと、上半身を起こした。
今にも赤黒く輝きそうな瞳で私を見下ろす。
ロレンソに対する怒りの言葉を口にすると思ったが……。
「……パトリシア、すまなかった。君をさらわれたのは私の落ち度だ。逆鱗に触れられた上に……、辛かっただろう」
黒い瞳は怒りではなく、悲しみと申し訳ないという気持ちで溢れている。その瞳を見ていると、私も泣きそうになってしまう。
「アズレーク……」
逆鱗に触れていいのはアズレークだけだ。
私を抱きしめていいのはアズレークだけだ。
首筋へのキスだってアズレーク以外にはされたくない。
「……私は短い睡眠でも魔力がかなり回復する。パトリシアは今、魔力切れだ。魔力を送ろう」
私が頷くと。
アズレークは掴んでいた両手首を離した。
代わりに自身の手の平と私の手の平をあわせ、そのまま指を折り曲げぎゅっと握りしめた。
静かに唇を重ねると、少し開いた口の隙間からゆっくりと魔力が流れ込んでくる。
唇や歯に熱い魔力の気配を感じる。
口腔内に入り込んだ熱の塊が、喉の奥へと伝っていく。
ここしばらくは。
レオナルドから魔力を送られていた。
アズレークから魔力を送られるのは久々だったが……。
改めて気づく。
アズレークの魔力は、レオナルドの魔力より熱くて重い。
心臓がドクドクと大きな音を立てている。
体がじんわりと温かくなっていく。
どんどん体温が上昇していき、口の中も喉も、温かくなる。
「……これではまだ全然足りないな」
一度、唇を離したが。
すぐに唇が重なり、魔力が送りこまれる。
逆鱗の反応を抑える魔法は。
私がさっきなけなしの魔力でかけた魔法だ。
こうやって魔力を送り込まれている今、逆鱗のあるおへその下あたりががジンジンと熱く感じる。逆鱗の反応を抑えきれない。
もう全身が熱くなり、既に力は抜けている。
ベッドに横になっているからなんとなっているが、もしそうでなければ……。
「あともう一回か。……パトリシア、大丈夫か?」
アズレークの黒い瞳が心配そうに私をのぞきこんでいる。
身体が燃えるように熱く、逆鱗の反応もあり、息が荒くなっていた。
返事をしたいが、声は出せそうにないし、目を開けているのも無理そうだ。
「……きつそうだな。今は止めておこう」
そこでアズレークは気づいてくれた。
手を離すとそっとおへその下に触れる。
触れられた一瞬、心臓がドクンと大きく反応した。
でもすぐアズレークの魔法により、逆鱗の反応が収まる。
そして。
ヒンヤリとしたアズレークの手が私の頬を包み込んだ。
まるで。
プラサナスの地で、アズレークに初めて魔力を送られた時のことを思い出す。火照った頬を冷ますように、こうやってヒンヤリとした手で頬を包んでくれた。
逆鱗の反応が収まったので、心臓の鼓動もかなり落ち着いてきた。全身が燃えるように熱かったが、それも収まりつつある。力が一度は抜けたが、少しずつそれも戻っていた。
「……アズレーク」
まるで蚊のようなか細い声だが。
声を出すことが出来た。
アズレークは頬から片方の手を離すと、慈しむように私の頭を撫でる。
「無理に声を出さなくていい、パトリシア。逆鱗が反応していたんだな。気づくのが遅くなり、すまなかった。少しは楽になったか?」
私が頷くと、アズレークが「良かった」と優しく微笑む。
「ここは氷の帝国だ。でも建物の中は、外とは比べ物にならない程温かい。これではパトリシアの火照りもなかなか収まらないな」
「……でも、かなり落ち着きました。逆鱗の反応が大きかったので」
声もだいぶ出せるようになっていた。
心臓の鼓動も落ち着き、体温も安定してきている。
「アズレーク」
その瞳を見上げ、腕を伸ばすと。
柔らかく微笑んだアズレークが私を抱きしめる。
ゆっくり瞼を閉じると。
アズレークの唇が私の唇に静かに重なった。
お読みいただき、ありがとうございます!
次回は今晩、20時台に『まさかここで実現するなんて』を更新します~
それでは寛ぎのランチタイムを~
また夜にお会いしましょうー!



























































