37:止めて!
ゆっくりとこちらへ歩いてくる人影は……。
身にまとうのは黒の上衣に黒シャツに黒ズボン、黒い厚手のマントに黒革のブーツと黒ずくめ。腰に帯びている剣の柄でさえ黒い。
「アズレーク!」
喜びで駆け出そうとする私の腕を、左右から二人の召使いが掴んだ。思いがけない力強さに、私は全く身動きができなくなった。さらにもう一人の召使いが手に剣を持ち、アズレークの方へと駆けて行く。
「な、止めて!」
アズレークは肩に誰かを担いでいた。
コチラから見えているのは白のズボンと白のロングブーツ。
もしやあれは……!
肩にロレンソを担いだまま、アズレークは剣を抜く。
刀身が黒い、見たこともない剣だ。
そして自身の方に駆けてくる召使いの女性と対峙した。
速い。
召使いの女性は、まるで湖のように広がる水の上を滑るように駆けて行き、あっという間にアズレークの目前に迫った。そして一気に剣を振り下ろす。アズレークはロレンソを肩に担いだまま、振り下ろされた剣を受け止め、それを押し返す。召使いの女性は宙返りで地面に着地すると、再びアズレークへと向かって行く。
なんて身軽なの!
「お願い、あの人を止めて! アズレークはロレンソ先生を担いでいるのよ。怪我をしているのかもしれない。戦闘をしている場合ではないでしょう!?」
私は懸命にそれぞれの腕を掴む召使いの女性に訴える。
「アズレークは魔法を使えるのよ。もし魔法を唱えられたら、彼女はすぐに倒されるわ」
すると。
私の右腕を掴んでいた召使いの女性が口笛を吹いた。
アズレークを攻撃していた召使いの女性が動きを止め、こちらを振り返る。
私の腕を掴む召使いの女性が手で撤退の合図を送った。
不本意そうな顔をしているが、手に剣を持っていた召使いの女性が、剣をその場で投げ捨てる。それを見てアズレークも剣を収めた。
アズレークと向き合った召使いの女性は、何やら会話をしている。
……!
担いでいたロレンソをアズレークがおろすと。
なんと召使いの女性が、ロレンソを担いでこちらへと戻ってくる。
その怪力ぶりに目が点になってしまう。
もしや……。
この召使いもスノーと同じ?
魔法で人間に変身しているスノーは、驚くほど怪力だ。
ローレンスの召使いの女性達も、同じなのかもしれない。
そんなことを考えていると。ロレンソを担いだ召使いの女性は、あっという間に私のところまで戻って来た。三人の召使いはロレンソを連れ、そのまま屋敷の中へと戻っていく。チラッと見た限り。ロレンソの体に目立った外傷はない。ただ気絶しているようにしか見えなかった。
解放された私は一目散にアズレークに向かい、駆けて行った。
あの召使いの女性は。
とんでもない速さでこの距離を移動したのだと実感する。
懸命に駆けているが、なかなかアズレークに辿り着けない。
アズレークもこちらへ向かってくれていると思うのだが。
なかなか二人の間の距離が縮まらない。
それでも。
ようやく、ようやく。
「アズレーク!」
「パトリシア……!」
長い睫毛に縁どられた、黒曜石のような瞳をとらえられる距離まで近づいた。もつれそうになりながらも、アズレークの胸に飛び込んだ。
「アズレーク! 会いたかったわ。ここまで来てくれて、ありがとう」
「……すぐに見つけ出せず、すまなかった。パトリシアのメッセージで居場所をようやくつかめた」
「そんな。ガレシア王国とここはあまりにも離れているわ。ここまで来るのは大変だったでしょう?」
そう言ってアズレークの顔を再び見ると。
なんだか顔色が悪い。
漆黒の闇を思わせる髪は乱れ、息が苦しそうだ。
「アズレーク……? どこか怪我をしているの?」
「大丈夫。たいした傷ではない」
体を離し、確認すると……。
全身黒づくめの衣装だから気づかなかった。
でも私の白銀色のドレスやケープのあちこちに血がついている。
「アズレーク!」
よく見ると、アズレークのマントも上衣もズボンも。
あちこちが破れ、血がにじんでいる。
素早く目を走らせ、怪我の度合いを確認した。
首と肩の傷がヒドイ。
「今、治癒の魔法をかけるわ」
まずは首の怪我を治癒することにした。
首の傷は……想像よりも深い。
間違いない。ロレンソとの戦闘でできた怪我だ。
私のためにアズレークが……。
涙がこぼれそうになるが、それを我慢し、首の怪我を治癒させた。
ヒドイ傷だった。剣での戦いであんなえぐれるような傷がつくのだろうか? まるで鋭い歯で噛みつかれたような傷に見えた。
「……ありがとう、パトリシア」
アズレークの呼吸が少し落ち着いたように感じる。
でも肩の傷も首の傷に負けないぐらいヒドイ。
手をかざし、魔法を詠唱する。
一度の詠唱ではまだ半分しか傷が塞がらない。
もう一度魔法を詠唱しようとしたが。
……!
ダメだ。魔力切れだ。
「アズレーク、ごめんなさい。私、魔力切れだわ」
「魔力切れ……、奴のせいか……」
アズレークの黒い瞳が……赤黒く輝いた。
驚いて息を飲むと、ハッとした表情のアズレークが私をぎゅっと抱きしめる。
おはようございます!
お読みいただき、ありがとうございます。
次回はお昼頃(11時~12時)『私が守る』を更新します。
今日はすっきりしない天気ですが
気持ちは上向きでいけるといいですね~↑↑↑
それでは引き続きよろしくお願いいたします。



























































