32:お願い。届いて
朝になり目覚めると、既に部屋に昨日の召使いがいて朝食の用意を進めてくれていた。私が目覚めたことに気づくと、カーテンを開ける。
その瞬間。
眩しい程の光が差し込む。
昨晩、窓から外を見ても窓ガラスは曇ってしまい、外の景色がよく見えなかった。でも駆け寄って今窓の外を見ると……。
すごい。
本当に一面が銀世界。
空は澄んだ青空だが。
その下に広がる針葉樹林はすっぽり雪で覆われている。
ガレシア王国は既に春の足音が聞こえてきているというのに。ここはまだ冬が続いている。
やはり。
この部屋を抜けだし、建物から出ることが出来たとしても。
この白銀の世界を抜け、港まで辿り着くのは……。
私一人では無理だ。
移動の魔法は召喚と同じく高度な魔法。
まだ扱えない……。
アズレーク……。
「お嬢様。お着替えをしましょう」
召使いに言われて着替えたドレスは。
ウールの長袖立襟の白のワンピースだが、スカートの裾にはフワフワと白銀色の毛が飾られている。丈は少し短く、白のロングブーツをはいた。
そこにロレンソがやってきた。
その姿はやはり白騎士。
上衣の襟や袖には銀糸で刺繍があり、ロングブーツは白銀色だが、全体で見ると眩しい程の白さだ。
「パトリシア様、おはようございます」
ロレンソが私の手を取り、甲へキスを落とす。
白藤色のサラサラした髪が揺れ、実に雅。
やはり第二皇子だけある。
本当に所作が美しい。
「朝食をとりましょう」
私の手をそのまま持ち、朝食が並ぶテーブルへとエスコートする。
着席するとすぐに召使いの女性がティーカップに紅茶を注ぐ。ロレンソは紅茶にジャムをいれることを進める。一方の召使いは次々とクローシュをとっていく。すると湯気をあげる卵料理や肉料理が次々と姿を現す。一気に食欲をそそる香りが広がった。
「さあ、パトリシア様、召し上がってください」
ロレンソが気品を感じさせる笑みを浮かべて私を見る。
突然連れ去られたのだ。
ハンガーストライキぐらいしてもと思うが。
そんなことをしていざアズレークが来てくれた時に、腹ペコで動けないのでは話にならない。ここはちゃんと食事をとり、体力をつけておこう。それではなくてもここは寒冷地。きちんと食事と睡眠をとらないと体力が落ちる。
ということでパクパクと食事を始めると。
ロレンソはこの辺り一帯に広がる湖や森について話して聞かせてくれる。春がくると、この辺りは一面緑に覆われ、美しい花々が咲き誇ること。湖の氷も解け、沢山の鳥がやってきて、ボート遊びをしたり、釣りをしたり。とてもにぎやかになるのだと。
ロレンソからそんな話を聞いて食事をしていると、自分の今の立場、ロレンソとの関係が分からなくなってくる。まるでずっと昔からここでロレンソと二人暮らしているような錯覚に陥る。
食後のおかわりの紅茶を飲んでいるとロレンソが私に尋ねる。
「外に出て見ますか? 少し散策しましょうか。一面の銀世界ですが、そこで暮らす動物もいます。見てみたいでしょう、パトリシア様」
雪深いこの国で暮らす動物の生態を観察する。
そんな牧歌的な気持ちは全くない。
外に出たら隙を見て魔力を鳥の形に変え、アズレークにメッセージを届ける。
だから。
「ええ、ぜひ見てみたいです。こんなに雪深い場所に来たのは初めてですので」
そう答えニッコリ微笑む。
私の意図に気づいていないロレンソは、私の笑顔に応え、美しく微笑む。
「では支度が出来た頃に迎えにきます」
そう答えたロレンソが席を立ち、召使いは朝食の片づけを始め、私は身支度を整える。召使いはフードのついた白銀色のロングケープを着せてくれた。スカートの裾同様、フワフワした毛で飾られ、胸元でとめたリボンにも丸い毛がコロンとついている。さらに。頭には真っ白な毛皮の円筒形の帽子を被った。
そこにロレンソが来て、エントランスへと向かう。
部屋の外に出られる。
そう思ったが、魔法であっという間にエントランスに来ていた。
「パトリシア様は乗馬の経験はありますか?」
「あります」
「では馬車ではなく馬で行きましょう」
こうして厩舎へ魔法で移動し、馬に乗り、森の中へ向かうことになった。
護衛の騎士がつくのかと思ったが、それはない。
ロレンソは魔力が強い。護衛の騎士が必要ないぐらいに。
それにこの場所。
最初は皇帝もいる城にいるのかと思ったがそうではなさそうだった。おそらく第二皇子であるロレンソに与えられた屋敷のうちの一つ。こんな雪深い場所にわざわざやってくる刺客は少なさそうに思えた。刺客を送るなら春になってからだろう。
ということで護衛の騎士はいない。そして先頭をロレンソが進む。その後を私が追う形になる。こんな雪の中、馬を走らせるのは初めてのこと。だが問題なく進むことができている。何より馬が雪に慣れているから、問題なく進んでくれるのだ。
これならできる。
ロレンソに気づかれないように魔力を鳥の形に変えた。そしてあの羊皮紙を託し、空に放った。
お願い。アズレークのところまで飛んでいって。
お読みいただき、ありがとうございます!
次回は夜(21時~22時)『拒絶できない』を更新します。
引き続きよろしくお願いいたします。



























































