27:どうしても抑えきれない想い
微笑を浮かべたロレンソは、その細く美しい指を伸ばし、私のおへその下に触れた。
ドクンと心臓が大きく反応する。
アズレーク以外が触れられたことのない逆鱗。
そこにロレンソが触れた瞬間、心臓がバクバクと激しく動き始めた。
「パトリシア様、あなたもまた聖獣の血を引き継ぐ者だ。……番(つがい)なのでしょう。アズレークの」
知っていた? いや気づいた?
それなら話は早い。
バクバクする心臓に汗が出るが、必死に言葉を紡ぐ。
「そうです、その通りです。私はアズレークの番(つがい)であり、アズレークは私の番(つがい)。私達の仲は誰も引き裂くことはできません」
「そんな寂しいことを言わないでください、パトリシア様」
頬に触れていた手がゆっくり動き、その美しい指が私の唇の動きを止める。オッドアイの瞳が悲しそうに私を見下ろしていた。
「わたしは……探し回りました。自分の番(つがい)がこの世界にいないかと。でも見つけることができませんでした。疲れ切り、辿り着いたガレシア王国で。まさか町医者を始めるとは思ってもいなかったです。でも……運命だったのでしょう。まさかあの日、あの時、あの場所で。パトリシア様に会えるなんて。奇跡でした」
待って。
私が勉強不足なの?
あの番(つがい)に関する本をちゃんと読んでおけばよかった。
番(つがい)というのは一対一ではないの?
私はアズレークの番(つがい)で、ロレンソの番(つがい)ではないと思うのだけど……。
「……パトリシア様は番(つがい)のことをまだ詳しくは知らないのですね」
そう言ったロレンソは私の唇からゆっくり指をはずす。
そして何か呪文を唱えると。
彼の背後にはチェアが現れ、ロレンソはそこにゆっくり腰をおろした。
「番(つがい)というのは、運命の相手。パトリシア様の運命の相手は……アズレークなのでしょう。でも聖獣の血を受け継ぐ者というのは、ただそれだけで惹かれ合うのです。それは番(つがい)同士でなくても同じこと。わたしは見ての通り、魔法を使えます。聖獣の血を受け継ぐ者です。そしてパトリシア様もまた、聖獣の血を受け継ぐ者。わたしの番(つがい)は残念ながらこの世界には存在していなかった。でも同種族である聖獣ドラゴンの血を受け継ぐ女性……パトリシア様と出会えました」
喜びで瞳を潤ませたロレンソが、声を震わせて打ち明ける。
「グリオがあなたの持ち物を盗んだ時。わたしはあなたを抱きとめた。そこでその逆鱗の気配を身近に感じ、あなたが私と同じとようやく気付けた。逆鱗が魔法で隠されていたから。触れそうな距離まで近づくことで、やっと本当のあなたを知ることが出来たのです」
……!
まさかあの時に。そんな……。
でも確かに私を抱きとめた際のロレンソの反応を思い出すと腑に落ちる。そうか、ロレンソも聖獣の血を継ぐ者。しかも同種族ということは……。
「それはつまりロレンソ先生もまた、ドラゴンという聖獣の血を受け継ぐ者ということなのですか?」
「ええ、そうですよ」とロレンソは美しく微笑み、落ち着いた様子で長い脚を組む。
「いろいろな国を旅しましたが、聖獣の血を受け継ぐ者は圧倒的に少ない。特に女性は本当に希少。わたしが旅で出会った聖獣の血を受け継ぐ女性は、パトリシア様を除いて一人。彼女は不死鳥(フェニックス)を祖先に持つ女性でした。もし彼女の祖先がドラゴンだったら……彼女に心を惹かれたか? 少しぐらいは惹かれたかもしれないですね」
同種族である聖獣ドラゴンの血を受け継ぐ女性であれば、例え番(つがい)ではなくても、心惹かれるのではないの……?
「同種族で聖獣ドラゴンの血を受け継ぐ女性であれば、誰でもいいのか。そういうわけではないのです。わたしの場合は。純潔であり、心が美しいこと。それが必須。そしてパトリシア様は見事に合致していました」
「……! だからといって、求婚されても困ります! 私にはアズレークがいるのです。先生はご自身の番(つがい)を探し、見つからなかったのですよね? 見つからなかった苦しみが分かるのですよね? 番(つがい)と出会うことがどれだけ難しいか。出会えないことがどれだけ悲しいことか。でも私とアズレークは出会えたのです。どうかこのまま私とアズレークのことを、温かく見守ってくれませんか?」
ロレンソの白銀色と白金色の瞳が悲しみで揺れている。
私の言わんとすることを理解しているのだ。
「わたしも最初は。そうするつもりでいました。あなたが聖獣の血を受け継ぐ者であり、わたしの望む条件と合致すると分かっても、諦めるつもりだったのです。それでもパトリシア様。あなたを求める気持ちが止められない。寝ても覚めてもあなたを忘れることができないのです」
「どうして……? 私はロレンソ先生の番(つがい)ではないのに」
白藤色の美しい髪をかきあげ、ロレンソは切なそうに息を漏らす。その仕草でさえ、品があり、秀麗に思えてしまう。
「……パトリシア様、あなたのことを好きになってしまったからですよ。聖獣の血を受け継ぐ者であることは勿論、純粋に一人の人間として。あなたを好きになってしまったから」
真摯な表情で私への想いを語るロレンソは、神々しいほどの美しさだ。オッドアイの瞳には涙があふれ、今にもこぼれ落ちそうになっている。
ロレンソは……決して悪人ではない。
たまたま流れ着いたあの場所で人助けをして、そして医療を望む街の人の声に応え、懸命に尽くしていた。それはアズレークと同じだ。求められる声に応え、身を粉にして働く。間違いなく善性が強い。
そのロレンソが、どうしても抑えきれない想いをこうやって私に打ち明けている。
その苦しい胸のうちが分かってしまい、私もまた、涙が出そうになっていた。
お読みいただき、ありがとうございます!
次回は明日『欲しいものは力づくで』を更新します。
引き続きよろしくお願いいたします。



























































