19:本当に寝顔に……?確認したい
ロレンソが帰る頃には雨もやみ、スノーと私は書斎へ向かった。私はソファに座り、マルクスにもらった番(つがい)に書かれた本を読み、スノーは机に陣取り文字を書く練習をしていた。
アズレークの魔法でスノーは人間の言葉を理解し、話すこともできるが、書くことはできない。本人はちゃんと書けるようになりたいということで、今も懸命に羽ペンを走らせている。
「スノー、書きづらい文字があったら教えるから声をかけていいのよ」
「はーい、パトリシアさま!」
スノーの元気のいい返事を聞いてから、本に目を戻す。
知りたかった情報はすぐに見つかった。
番(つがい)……というか聖獣を祖先に持つ者、特に男性は。自身の番(つがい)を見つけると、本能的に他の男性が自分の番(つがい)に触れることを嫌うという。番(つがい)は唯一無二の存在。ゆえに自身以外の男性が手を出すことを強く警戒し、他の男性との接触に敏感になるという。そしてこの反応は、聖獣の血を色濃く受け継ぐ者ほど、その傾向が強くなる……。
なるほど。
アルベルトやロレンソが私に触れることに、アズレークが過剰反応する理由も、これで解決だ。レオナルドの時はもちろん、アズレークが、ちょっとの異性との接触でかなりヤキモキしている。それは本能がそうさせるので、仕方ないことなのだろうが。限りなく優雅で知られるレオナルド。クールなアズレーク。いずれであれ、他の男性が私に触れると落ち着かないのだと思うと……なんだか頬が緩んでしまう。とても可愛らしいと感じてしまった。
もしも。
私がそのままアルベルトと結婚していたら、アズレークはどうなっていたのだろう?
でも、このもしもはあり得ない。
アルベルトがどれだけ望んでも、国王陛下がそれを許さないし、私だって望まないのだから。
「パトリシアさま、筆記体がうまく書けないです!」
「まあ、もう筆記体まで進んだの?」
本を閉じ、スノーのところへ向かう。
羽ペンを持つスノーの手に自分の手を重ね、ゆっくり動かす。
「ほら、こうすれば綺麗に書けたわ」
「本当だ~!」
「もう一度これをなぞってみて」
「はーい!」
年の離れた妹のようなスノーとの穏やかな時間が流れて行く。
◇
スノーの筆記体の練習に付き合っているうちに、夕食の時間になった。
夕食の席ではいつもスノーが主役だ。義父も義母もスノーがまるで孫のように感じるらしく、とても可愛がってくれている。
義父なんて毎日のようにお土産でお菓子を買ってくるので、スノーも大喜び。スノーは初めて一人で筆記体で文章が書けたと報告し、今も二人は拍手喝采だ。
そんな楽しい夕食を終え、部屋に戻り、寝るための準備が整うと。
今晩は、アズレークは帰ってくるのだろうか。
そのことが気になった。
帰ってくる……というよりも。
アルベルトが言っていたことが気になる。
――「魔術師レオナルドはきっと君の寝顔を見て、安心してわずかな眠りにつくのだろう。もしかすると君のその薔薇色の唇に、キスをしているかもしれないけどね」
そうなのだろうか。
それは……本当なのかと気になってしまう。
寝顔にキスしているなんて……。
想像するだけで頬が熱くなる。
確認したい……。
時計を見ると。
スノーはとっくに寝ている時間だ。
だが私はまだまだ寝る時間ではない。
でも。
今から眠れば。
夜中の変な時間に目が覚める気がする。
そうすればアズレークがもし部屋に来たとしても……気づける!
なんとも子供っぽいことをしていると自分でも思うが。
思いついたら即行動なので。
既にベッドに潜り込んでいる。
問題は。
いつもより早い時間なので、眠ることができるのか、ということだ。
魔法を自分自身にかけることもできるが。
それだと他人からしっかり起こされないと、ぐっすり朝まで寝てしまいそうだ。
自然に眠れるようにするには……。
そうだ。
他国の言語で書かれた魔法に関する本を、アズレークの書斎から持ってきてしまい、そのままにしていた。これを読もう……いや、見よう。絶対に眠くなるはず。
一旦潜り込んだベッドから起き上がり、魔法書を手に再びブランケットに潜り込む。
そして魔法書をめくり始める――。
あっという間に眠りに落ちていた。
◇
パトリシア。
名前を呼ばれた気がして。
唇に触れる温かい感触に……。
ゆっくり目が覚めた。
瞬時に、キスをされていると気づいた。
間違いない。
アズレーク!
目は暗闇には慣れていないが、キスをしているということは……。
ここに顔があるはずとあたりをつけ、両腕を伸ばす。
アズレークの首に腕を回すことができた。
すぐに驚いたアズレークが顔を離そうとしたが、自分からキスをしてしまう。
明らかにアズレークの体がビクッと反応しているのが伝わってくる。
でもアズレークは両腕をのばし、私を抱きしめた。
「パトリシア」
いつもの耳に心地よいテノールの声に熱がこもっている。
ベッドがギシッと軋む音が一度して、アズレークの体が私に重なった。
そのまま抱き合うようにしてキスをしていたが。
お読みいただき、ありがとうございます!
次回は本日お昼頃に『自分以外には触れさせたくない』を更新します。
引き続きよろしくお願いいたします。



























































