12:思わず悲鳴が漏れてしまった
驚き、声は出ず、ただ立ち上がり、アズレークの手を押さえていた。
「これは驚いた。君は運動神経もいいようだ」
短剣は心臓に刺さったままなのに、アズレークは微笑を浮かべている。
顔を引きつらせ、アズレークを見ると……。
「心配ない」
アズレークが私の手をゆっくり掴み、そして一気に心臓から短剣を抜いた。
「きゃっ」
思わず悲鳴が漏れてしまった。
血が吹き出すと思い、目も閉じていた。
すると。
温かい手が頬に触れた。
恐る恐る目を開けると、そこには先ほどと何一つ変わらない姿のアズレークがそこにいる。黒いシャツが、血で汚れていることはない。短剣にも、血は一滴もついていない。
「魔法が発動した状態で使えば、肉体に一切の傷はつかない。心臓には、魔力の源となる核がある。その魔力の核を、私の魔力で破壊し、王太子から魔力を奪う。それだけだ。だから大丈夫」
「そう、なのですね……」
ようやく言葉を出すことができた。
ゆっくり立ち上がり、カウチソファに座りなおす。
「この短剣自体にも魔法をかけるから、携帯していても、気づかれることはない」
剣を鞘に納め、テーブルに置くと。
アズレークは呪文を唱える。
短剣は見えなくなった。
「次に魔法の件だが……。これは今見た通りだ。さっきは私が呪文を詠唱したが、実際は君がこの短剣を手にすることで、君の中の魔力が反応し、魔法が発動する形になる。そして短剣に君の中の魔力が集まる。魔力が集まった短剣を心臓に穿つことで、王太子の魔力の核は破壊され、彼からは魔力が失われる。もちろん王太子は死ぬことはない。そこは安心していい。それで魔力の件だが……」
アズレークの目線がドアの方へ向けられた。
丁度スノーがトレンチにティーカップやティーポットなどをのせ、部屋を出て行くところだった。
その姿を見送り、アズレークの方に視線を戻すと、彼は私を見ている。
「!」
黒曜石を思わせるその瞳にじっと見つめられると、なんだか落ち着かない。心拍数が上がり、おへその下辺りが熱くなる。
「先ほど言った通り、君に私の魔力を送りこむ必要がある。それを始めてもいいか?」
その言葉に我に返り、慌てて頷きながら尋ねる。
「あ、はい。でもどうやって……?」
魔力を送りこむなんて、本当に初めて聞いた。
『戦う公爵令嬢』をプレイしていた時も、当然だが、そんなことをやったことがなければ、やるようなシーンはなかった。
「まずは君が今座っているカウチソファに、寄りかかってもらえるか。脚も乗せてしまっていい。リラックスして、体を楽にして欲しい」
アズレークに言われるまま、カウチソファの背もたれに身を預け、脚をソファの上にのせる。
「魔力は口から送り込むことになる」
えっ、口!?
そう思った瞬間、アズレークが顎を持ち上げ、親指でそのまま下顎をグイと引いた。
口を開けた状態になると、アズレークの顔が近づいてきた。
う、嘘、キ、キスされる!?
思わず両手で、アズレークの手を掴もうとする。
だがその手の動きは、アズレークの左手で封じられてしまう。
口を閉じようとするが、親指の力は存外に強く、ピクリとも動かせない。
……!
唇は……触れていない。
でも、開いている口の中に、熱の塊が流れ込んできた。
熱い息なのか、魔力なのか、ともかく何かが唇や歯に触れているのが分かる。
口腔内に入り込んだ熱の塊は、喉の奥へと伝っていく。
心臓がドクドクと大きな音を立てている。
体がじんわりと温かくなっていく。
どんどん体温が上昇していき、口の中も喉も、温かくなる。
おへその下あたりが、脈打つように熱く感じる。
これが魔力……?
うっすら目を開けると、アズレークの整った顔が、すぐ目の前にある。閉じられた瞼にサラサラの黒い前髪がかかっている。
美しい……。
半ば強引に魔力を送りこまれているというのに。
それをしているアズレークを、美しいと感じてしまうなんて。
自分の精神状態を疑いたくなる。
でも、本能的に美しいと感じてしまっている。
それに……。
キスをしているわけではない。
それなのにこれだけ心臓が高鳴り、体が熱くなると……。
まるでキスをして胸を高鳴らせ、全身が火照っているようだ。特におへその下辺りは、より熱を感じる。
ようやく顔をはなし、顎から手をはなしたアズレークは、私を見下ろし……。
黒い瞳に激情を感じ、息を飲む。
狂おしいほどの熱がその瞳から伝わり、魔力を送られていた以上に心臓が激しく鼓動し、おへその下辺りがジンジンとする。
ハッとしてアズレークが私から視線を逸らし、窓の外を見つめる。よく見るとアズレークの頬は高揚していたが、次第にそれが落ち着いて行くのが分かる。
一方の私は、もう魔力は送られてきていないが……。口の中も喉も、頬も火照っているし、全身が熱い。体は動かそうと思えば動くだろうが、だるくて動きたくない。
そんな状態だ。
そして沈黙の時間が流れる。
「……意識を保てたのか」
静寂を破るように、アズレークのテノールの美しい声が響く。
「意識も保てているなら、30分もしないで魔力が落ち着くはずだ。どこか、苦しいところはないか?」
気遣うような優しい眼差しで、アズレークが私を見る。
慈しむようなその瞳に胸がキュンとして、泣きそうになってしまう。
「どこか、具合が悪いか?」
目を閉じ、なんとか首を振ると、アズレークの手が私の頬に触れた。
その手は、ヒンヤリとして心地いい。
「ベッドで横になるか?」
再び首を振り、このままでいいということを示す。
「ではブランケットを取って来ようか」
立ち上がろうとするアズレークを止めるように、頬を包んでいた手を懸命に掴んだ。
そんな私にアズレークは驚き、そしてまるで……。
愛しい相手を見るように。
輝く黒曜石のような瞳を、私に向けた。
心臓がドクンと反応する。
おへその下辺りが、またも熱くなる。
「……手の冷たさが心地いい、ということか?」
こくりと頷くと。
アズレークは両手で私の頬を包み込んでくれた。
ヒンヤリとして気持ちいい。
自然と瞼が閉じた。
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次回は明日8時に「不思議な関係」を公開します♪
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