100:最後の謎
「そ、そうですね。何かで見かけたのか。ふと頭に浮かんだというか……」
アズレークは「そうか」と呟いた後、少し頬を赤くして私を見る。
「王族が夏の避暑地に行った時、海辺で涼を楽しんだ時がある。その時にワインが足りなくなってしまった。私はレオナルドの姿だったから、美しく魔法を詠唱した。……気づいていると思うが、レオナルド姿の私は、優美であることを求められる。だからこの姿の時のように、合理的な呪文ではなく、詩のような呪文を唱えることが多い。その時も『盃に果実の滴の恵みを。遥かなるオケアノスよ。悠久の時を盃に満たせ』という呪文を唱えた」
知っています。それを真似したのですから。
でもそんなことはおくびにも出さずに、私は答える。
「そうなのですね! 魔法がとても似ているのは……私達が番だからでしょうか」
頬を赤くし、嬉しさと恥ずかしさをアピールしてアズレークを見ると。分かりやすくアズレークが反応している。つまり、私の言葉に喜んで、頬を高揚させている。
見つめ合う私達にスノーが「え、どうしたのですか、お二人とも!?」と声を掛け、そこで我にかえる。
一方のアズレークは「コホン」と咳払いをし、私もなんとかこの状態を打破しようと、ずっと気になっていたことを尋ねる。
「廃太子計画を遂行した時、私は完璧に手順を踏んでいました。ミスもなく、絶対に成功すると思っていたのに。もちろん成功はしたのですが……でも、王太子さまが目を覚ましたのです。私がまさに短剣を振り下ろそうとした瞬間に。どうして王太子さまには、眠りの香りが効かなかったのでしょうか?」
アズレークは思い当たることがあるようで、すぐに反応する。
「パトリシア。王太子には、青いお守りの眠りの香りを嗅がせたか?」
「はい。寝ている王太子さまには、香りがしない青いお守りを使うよう、指示をいただいていたので。香りに反応し、目覚めないようにするためですよね? 無臭でもかがせれば、眠りの成分は鼻から入っていくと」
そこでアズレークは、すまなさそうに打ち明ける。
「青いお守りは王太子用として渡していたが、そのお守りには眠りの魔法をかけていない。もちろん無臭でも眠らせることはできるが、そのお守りは正真正銘魔法がかかっていないから、無臭だった」
「え!」
思わず驚いて大声が出てしまい、慌てて手で口を押える。
「体内の残存魔力を使い切ったパトリシアは、その反動で間違いなく気を失う。一方、王太子は『呪い』が解けたところで、気を失うことはない。でも眠りの香りで寝てしまったら……? 王太子とパトリシアは、ベッドで抱き合うように意識を失っているところを、警備の騎士に発見されてしまう。そうなれば大騒ぎになる。だから王太子には、目覚めていてもらう必要があった」
「そうだったのですね……。それでも魔法をかけていないお守りをわざわざ用意したのは……」
「パトリシア、君が聡明だから。王太子に眠りの香りをかがせなくていいのかと、絶対に聞くと思ったから」
……! 思いがけずアズレークに褒められ、嬉しくなりながら。
「そ、そうだったのですね。でもあの時は本当に、驚きました」
脱力する私にアズレークは「本当に申し訳なかった」と謝罪の言葉を口にする。驚きはしたが、確かにあの時、アルベルトと私が二人で眠っていたら……。それこそ「パトリシアが王太子に夜這いをかけた!」と言われかねない。つまりアズレークのしたことは、間違っていなかった。
「驚いたといえば、変身の魔法が解けていたことにも、ビックリしました」
「それは……。王太子とパトリシアは、相思相愛と思っていたから……。『呪い』を解いたのは、パトリシアと分かるように、あの瞬間に変身の魔法が解けるようにしておいた。王太子へのサプライズの意味もあったが……。スノーは、ミニブタの姿に戻った方が、あの部屋に取り残されても怪しまれないと思い、同じように変身の魔法が解けるようにしていた。……目覚めた瞬間は、驚いただろう。心臓に悪かったな。すまなかった」
すべて納得だ。
それに今の話を聞いて、最後まで謎だったことが、すべて解明した。
だから、私は笑顔で告げる。
「事態が理解できたので、もう気にしていません」



























































