1:プロローグ
「どうして……」
長い睫毛の下の、紺碧色の瞳が衝撃で大きく見開かれている。
問われても、返す言葉などない。
それどころか魔力が発動し、既に全身が火照るように熱くなってきている。
私は聖女だ。
それなのに真夜中の寝室で、この国の王太子アルベルトに跨っている。
心臓の鼓動も早くなっている。
頬も高揚しているのが分かる。
まさか目覚めるとは思わなかった。
どうする、どうする、どうする……!?
◇
「お前は何も悪くはない。だが、爵位も剥奪された。お前を養うことはもうできない。このまま身売りをするよりはマシだろう……」
号泣する父であり、元ベラスケス公爵を見て、私は唇をかみしめる。
確かに私はまだ19歳になったばかり。
これまでの努力の賜物で、肌はシルクのように白く滑らかで、胸は大きく腰もくびれ、手足もほっそりして長い。髪は波打つようなブロンドで瞳は琥珀色。鼻も高く、ぷっくりした唇に釘付けになる殿方も多かった。もちろん未婚。身売りすることになれば、高値で取引されるだろうと、自分でも分かる。
政治ゲームで父は負けた。
ライバルであるドルレアン公爵は、父にやってもいない横領の罪をなすりつけ、国王陛下も王太子もそれを信じてしまった。
だが爵位剥奪だけで済んだのは……父はもとより、先祖代々のベラスケス公爵家がこの国、ガレシア王国に忠誠を誓い、長年仕えてきたからだろう。
でもこの結果は……仕方ないのかもしれない。
なにしろドルレアン公爵の娘、カロリーナに対し、私は散々ヒドイことをしてきたのだから。
私とカロリーナは王太子の婚約者の座を巡り、熾烈な争いを繰り広げてきた。親同士が政治ゲームで争う一方で、娘同士も恋の火花を散らしてきたわけだ。
でも最初から勝敗は決まっていた。
だってカロリーナはヒロインで、私は悪役令嬢なのだから。
え……。
え、何、悪役令嬢って?
「さあ、早く馬車に乗るんだ、パトリシア!」
「ちょ、ちょっと待ってください、お父様……」
今、私は何かとんでもないことを思い出そうとしている気がする。
「いや、もたもたしていると、ドルレアン公爵の手の者がやってくる」
「で、でも、お父様」
「パトリシア、元気でな。愛しているよ」
「お、お父様―っ!」
馬車に押し込まれ、扉が閉じられる。
その瞬間、ものすごいスピードで馬車が走り出した。
その揺れの激しさに、必死に耐えながら、私は自分が何者であるか思い出すことになる。
◇
東堂美咲。
それがこの世界に転生する前の私の名前だ。
小学生の時から漫画やアニメが大好きで、高校生になって乙女ゲームにハマった。それから大学を卒業し、社会人になってから、自由に使えるお金をすべて、オタク趣味に費やしてきた。リアルな恋愛経験はないに等しかったが、乙女ゲーの中で沢山の愛の形を知り、それで幸せだった。このまま一生独身でも、乙女ゲーの沢山の推しがいれば生きていける。そう思っていた矢先……。
世界的にウィルス性の病気が流行した。感染力が強いということで、仕事は在宅ワークに切り替わった。おかげで通勤に時間をとられなくなり、乙女ゲーをプレイできる時間も増えた。
その結果、在宅ワーク時間以外は、乙女ゲーをやりこんでいた。
その当時の私がハマっていた乙女ゲーはいくつかあるが、かなり課金していた乙女ゲーは……。
『戦う公爵令嬢』という、新機軸の乙女ゲーだった。
舞台はガレシア王国という西洋風の魔法が存在する世界で、そこの王太子、王宮に使える魔術師、王太子を護衛する三騎士を、ヒロインの公爵令嬢に扮し、攻略していく恋愛ゲームなのだが。
当然のごとく、悪役令嬢が登場し、誰を選んでも邪魔をしてくる。
ヒロインと同じ公爵家の悪役令嬢が。
しかも、邪魔をするのは悪役令嬢だけではない。
その両親も悪役令嬢と共に邪魔をしてくるのだ。
つまり同じ公爵家同士の政治ゲームも同時進行になるのだ。
だから狩りで獲得した獲物の数の競い合いから、領地の奪い合いまで、親子共々攻略対象をゲットするために、奮闘するのだ。
親子で攻略対象を攻略していく……という発想は斬新だったが、ぶっちゃっけそのシステムはどうでもよかった。
とにかく攻略対象となる5人が、すべてを推しメンにしたくなるぐらい、私の好みのタイプばかりだった。よって全員絶対に攻略したかったし、難易度を上げ、お楽しみ映像を楽しみたかった。だからかなりやり込んでいた。そして新たなイベントが始まるとなったその時……。
友人とももっぱらオンラインで会話し、仕事は在宅で、外に出るのはコンビニぐらいだったのに。流行していたウィルス性の病気に感染した。そして死亡した。ウィルス性の病気で死亡したわけではない。病は発症していたが、それとは関係なく、自宅療養していた時。コードに足がひっかかり、転んだ時の打ち所が悪く、それで死亡した。
その事実を思い出した時は、自分の不運を嘆いた。
だが、そのコードがつながっていたのが、私がプレイしていた乙女ゲー『戦う公爵令嬢』だったからだろうか。『戦う公爵令嬢』の世界に転生していた。
しかし。
ヒロインではなく、悪役令嬢パトリシア・デ・ラ・ベラスケスとして転生していた。
しかも。
自分が悪役令嬢に転生していたと気付いたのは、すべてが終わった後だった。
つまり、親は政治ゲームで敗れ、悪役令嬢である私は既に断罪されていた。
爵位剥奪され、私は修道院に向かうための馬車に乗ろうとしたまさにその時、覚醒したのだ。
これは……ひどすぎる。
悪役令嬢のフラグを回避する行動など一切できないまま、いきなり悲惨な末路突入って。しかもせっかく『戦う公爵令嬢』の世界に転生したのに、攻略対象の誰一人と会うこともなく、いきなり修道院送り。
もちろん、パトリシアとしての記憶はあり、その記憶の中では攻略対象と会っているが、それは記憶に過ぎない。リアルに存在しているのに、触れることもできないのなら、画面越しに登場する彼らを見ている状態と変わりない。
詰んだ後に覚醒するぐらいなら、覚醒しないまま終わりたかった……。
こんな悲惨な悪役令嬢に転生した人、私以外でいるだろうか?
いくら魔法が使える世界でも、時を巻き戻すなんて大技はさすがに無理だ。
こうして私は、悪役令嬢として転生し、覚醒しないまま断罪され、そして断罪後に覚醒し、修道女として人生を歩み始めることになる。
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