悪魔とランドセルの中身
朝。通学路で真っ黒い羽が生えた長身の男に話しかけられた。
「我は悪魔なり」
君子危うきに近寄らず。厄介ごとには関わらないのが一番だ。足早に歩く。
「聡いな、天才小学生」
「人違いでは」
「キサマで間違いない。未来を見たからな」
「未来?」
「希望が蔓延る未来だよ。我はそれを阻止するためにやってきた」
僕は足を止めず歩く。
「キサマの命をもらう」
見たことはないけれど死神が持っていそうな鎌を喉元に当てられる。
「なんですかいきなり」
「説明はした。キサマはゆくゆく国を率いて希望に満ちた未来を創る。だから今殺しておくのだ」
「はあ。アナタバカですか」
「な!」
「天才はひとり死んでも生まれてくるのです。僕だったらこうします」
僕は背負っていたランドセルを胸の前に抱き、つまみを回してパカッと開けた。
「この中に詰まっているのはなんだと思いますか?」
「本だ」
「本質を見てください。ランドセルの中身は希望です」
悪魔はランドセルの中をしげしげと見る。
「仲間と未来を創る希望。夢を持つ希望。間違えてもやり直せる希望。僕らは日々希望を学んでいる。僕がいつか国を率いて希望輝く未来を築くとしたら、教育の賜物でしょう」
「忌々しい」
「いい考えがあります」
顔を上げた悪魔と目が合う。瞳孔が縦に入った赤い眼が次の言葉を待っている。
「ランドセルの中身を希望から絶望に入れ替えるのです」
口角を上げた悪魔は勢いよく翼を広げた。
「いいだろう」
悪魔は蒟蒻の花のような舌をぬるりと出し脳が揺れるほどの低音で呪文を唱えた。紫色に光る魔法陣が空に浮かび上がる。
「今日からキサマらが学ぶのば絶望! 混沌とした世界の出来上がりだ!!」
悪魔は僕を見下して言った。
「キサマを殺すのは待ってやる。世界を絶望に導くのだ!」
「はっ。必ずや絶望に満ちた混沌の世界を創り上げてみせます」
幾千の紫色の雷がランドセルを撃つ。高笑いが響く空に悪魔の羽根が舞い落ちた。
◆
あれから10年。
世界は絶望に染まった。
混沌は争いを生んだ。
人々は誰彼構わず傷つけた。
「そう。悪魔さえもね。エクソシストの名においてアナタを討つ」
「キサマ! こんなことが許されると思っているのか!」
「『絶望』を教えてくれたのはアナタでしょう?」
悪魔は十字架を当てられたところから灰になっていく。
「アナタこそ学び直したらどうですか? ああ、できませんね。やり直せるという『希望』はアナタがとうの昔に奪ってしまったのですから」