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第40話 オタクにご用心 前編 ー 誘拐 ー

「美形とは、罪なものだと思わないか」

 朝早くに桃海亭に来た賢者ダップが、雑巾を片手に窓を磨いているオレに言った。

「シュデルが何かしましたか?」

 振り返らずに聞いた。

「この店の残念美少年のことじゃない」

「残念美少年……なんですか、それ?」

 振り返るとダップはカウンターの椅子に座っていた。

「美少年というのはな、美しい少年のことだ。好みは人それぞれだが、一般的な美少年の特色は決まっている。抜けるような白い肌、輝く瞳、艶やかな髪、折れそうほど細くて、それでいてしなやかな肢体…………」

「待ってください。オレが知りたいのは、『美少年』の方じゃなくて、『残念』の方です」

「説明する必要があるか?」

「そりゃ、道具が大好きで、ちょいと堅物で、口うるさいですけど『残念』とまでは……」

「店長、持ってきました」

 水を取り替えたバケツを運んできたシュデルが、カウンターにいたダップに気づいた。

「ダップ様、おはようございます」

「シュデル。オレが塔の上から壺と道具屋を落とした。お前はどっちを受け止める?」

「壺です」

 静寂到来。

 数秒経過。

「い、いいえ、店長です。店長を受け止めます」

 慌てふためいている。

「こういうのを『残念』と言わずして何と言うんだ?」

 言い返す言葉が見つからない。

「どうかしましたか?」

「シュデル。道具屋と一緒にタンセド公国まで行ってこい。オレが店番をしてやる」

 ダップの店番。

「いえ、オレの店です。オレがやります」

 ダップがカウンターに、ドンと音をたてて両足を乗せた。

 そっくり返った状態で、オレたちに向かって言い放った。

「2人で手を繋いで、仲良くプルゲ宮に行くんだ」

「プルゲ宮というのは、タンセド公国にあるプルゲ宮のことですか?」

「そうだ。さっさと行ってこい」

 プルゲ宮。

 エンドリア王国の隣にあるタンセド公国の南にある街の名前だ。

 現在は荒れ地となっているその場所は、400年ほど前に滅びた王国の都があった。その王国の宮殿の名前がプルゲ宮。ニダウの街よりも大きな宮殿は長年半壊状態で放置されていたが、120年ほど前に盗賊達が住み着いた。そして今、プルゲ宮は世界でも有数の無法地帯となっている。

「ダップ様、オレの今週の予定にプルゲ宮は入っていません。ご用があるようでしたら、別の方を当たってください」

「道具屋、勘違いするなよ。お前は道案内兼ボディーガードだ。オレがプルゲ宮に行って欲しいのはシュデルの方だ」

「なんで、シュデルなんですか?プルゲ宮に行くなら、戦闘能力の高いムーの方がよくありませんか?」

 プルゲ宮が丸ごと消滅するかもしれないが、オレの命は保証される。

 ダップが首を横に振った。

「今回必要としているのは、戦闘能力じゃない。顔の良さだ」

 シュデルがそそくさと食堂に戻ろうとした。

「セラフィーナ王女が駆け落ちした」

 シュデルが足をとめた。

「セファン王国のセラフィーナ王女のことですか?」

 シュデルの問いにダップがうなずいた。

「そうだ。先日、城を訪れた吟遊詩人と駆け落ちした。セラフィーナ王女は美形が大好きで、吟遊詩人は非常な美形だったらしい」

 ダップの話から推測すると逃げた先がプルゲ宮なのだろう。

「セラフィーナ王女はひとり娘だ。女王としては次期女王である娘の経歴に傷をつけたくない。表沙汰せずに娘を取り戻したいと長年つきあいがあるオレに頼んできた」

「なんで、プルゲ宮になんて危ない場所に逃げるんですか?逃げるんだったら、他にいい場所があると思うのですが」

 プルゲ宮は犯罪者の巣窟だ。そして、なんでもありの無法地帯だ。傷害、強盗、殺人は日常茶飯事。店には、盗品、違法薬物、改造武器、違法魔法道具のような道具だけでなく、人やモンスターまで普通に売られている、らしい。

「本物の吟遊詩人ではなく、人さらいだったようだ」

「犯罪者が宮廷に入り込んで、王女を誘拐したということですか?」

「楽団の話では公演の直前ですり替わったらしい。園遊会でリュートを片手にサーガを語り出してから気づいたそうだ。園遊会が終わってから捕まえようとしてのだが、吟遊詩人も王女もいなくなっていた。すぐにセファン王国の魔術師達が追尾魔法をかけてプルゲ宮にいるところまでは突き止めた。あとは、道具屋、お前の仕事だ」

「オレには店があります。出来ません」

「店番はオレがやってやる」

「いま2階で寝ていますが、この店にはムーがいます」

 仲の悪さは、犬猿の仲どころじゃない。

 オレがいない状態で2人が戦闘に入ればニダウが吹き飛ぶおそれがある。

「わかった。店は休みにしろ」

「オレの本業は古魔法道具屋です。そっちをおろそかにはできません。救出には、ダップ様が行かれてはどうでしょうか?」

 正当な理由をかざして拒否した。

「プルゲ宮にオレが行けると思うのか?」

「言いたいことはわかりますが、それを言うならオレも行けません」

 プレゲ宮が無法の街として放置されているのには理由がある。

『滅竜の籠手』

 最初にプレゲ宮に入った盗賊達が持ち込んだ魔法防具だ。

 能力は、魔力及び体力の吸収。

 上級者の剣士が装備する普及品の魔法防具なのだが、プレゲ宮にあるのはムーの言うところの『失敗作』らしく、設計通りに作られたのに桁外れな力を持ってしまった品らしい。

 タンセド公国も何度も討伐隊を派遣したが、失敗作の『滅竜の籠手』によって阻止された。討伐隊は魔力と体力を吸われて、敗走するしかなかったのだ。

「魔術師のオレ様がいっても戦力にならない」

「一般人のオレはもっと戦力になりません」

「だから、シュデルを連れて行けといっている」

「あ、それでシュデルを…って、連れていけるわけないじゃないですか!」

「なぜだ?」

「シュデルも魔術師です。魔力も体力も吸われます」

「その前に『滅竜の籠手』を籠絡すればいい」

「籠絡って、すぐに影響下におけるかわからないです。時間がどれだけかかるか正確にはわかりませんし、魔法道具との相性もあります。もちろん、影響下に入らない魔法道具もあります」

「行きます」

 オレが必死に行けない理由を並べているのに、シュデルが笑顔で言った。

「『滅竜の籠手』が僕を呼んでいる気がします」

「シュデル、しっかりしろ。隣の国の道具の声が聞こえるはずないだろ」

「呼んでいるんです。僕に会いたいと」

 道具オタクの病気が発症している。

「頼んだぞ、道具屋」

「ダメです。プレゲ宮には魔法道具の盗品が山のようにあるはずです。シュデルを連れて行ったら、魔法協会とタンセド公国から文句が来ます」

「魔法協会はミラベルが何とかするだろう。あれでも一応、女王だ。なんとかなるだろ」

「タンセド公国はどうするんです」

「文句が来たらオレに言え。オレからタンセド公に説明してやる」

「知り合いなんですか?」

「学友だ」

 前にタンセド公国で火事が起きたときに、タンセド公を見たことがある。

「ダップ様」

「なんだ?」

「何歳なんですか?」

 バキッ!

 カウンターが折れていた。

 厚さ8センチの板が、真ん中から割れている。

「何か言ったか?」

「年、誤魔化していません?」

 ダップは20歳代に見えるが、タンセド公はどうみても40歳代だ。

「相変わらずだな、道具屋。度胸はいいが、女には永遠にもてないな」

 ククッとダップが笑った。

「タンセド公は30歳過ぎてから2年間大学校に通ったんだ。その時、席を並べた」

「なるほど」

 オレが納得している隣で、シュデルがカウンターをなぜていた。割れたカウンターが見る見る直って、元通りになった。

「なんの魔法だ?」

「ここは古魔法道具店ですから」

「なるほど、カウンターも魔法道具というわけだ」

「機嫌が悪いと直ってくれないというのが難点なんですけど」

「準備をしてきます」

 シュデルが店の奥に行く扉に手をかけた。

「ちょっと、待て」

「『滅竜の籠手』が、待っているんです」

「お前の父親が許すはずが……」

 笑顔を強ばらせたシュデルが店を出ていった。

 説得の方法を間違った。

「ダップ様、ムーをひとりにするわけにはいきません」

 こっちを諦めさせることにした。

 ダップは袖から金袋を出して、カウンターに置いた。

「旅費だ。チビのお守りはペトリの爺さんにオレから頼んでおく。数日なら魔法協会も文句は言わないだろう」

「本当に、本当に、オレは行くつもりはないんです」

「なあ、道具屋」

「なんでしょう?」

「オレに恩を売っておいても損はないぞ」

「恩を買ったと思ってくれる人なら、喜んで売りますが」

「わかった。この件は借りだ。それでいいか?」

 ダップは本心では『借り』思っていないだろうが、うまくいけば『借り』にできるかもしれない。

 それに。

「店長、準備ができました」

 絶対に行く、そう決めているシュデルを説得するのは難しい。

 淡いローズピンクのローブに、手織りの布バッグを斜めに掛けている。

「着替えてこい。持っているローブで一番ボロいのを着ろ。顔には雑巾を巻いて、その上に、オレのフード付きの革のコートを羽織れ」

「ええっー!店長のコートを着るんですか」

 たぶん、ニダウで一番ボロいコートだ。

「プルゲ宮では、オレは人だが、お前は商品だ」

 シュデルほどの容姿ならば、買い手はいくらでもいる。

「その調子で頼むぜ」

 ダップが指の間に挟んだ姿写しの水晶板をオレに出した。

「セラフィーナ王女だ」

 金髪巻き毛の、可愛い少女が写っていた。



 所々に低木が生えている荒れ地が広がっている。その荒れ地を突っ切るように平らに整備された道がある。新しい馬車の轍がいくつもあるから頻繁に利用されている道だ。

 その道をオレとシュデルは歩いてプルゲ宮に向かっている。

 プルゲ宮に行く乗り合い馬車はない。行ってくれる貸し切り馬車もない。だから、歩くしかないのだが荒野が延々と続いていると、歩いていてイヤになってくる。

 後ろから馬車の音がした。オレとシュデルは道の端に寄った。やってきた荷馬車がオレ達の横に止まった。

 赤ら顔の男が御者台にいた。

「おい、乗っていくか?」

「金ありませんよ」

「見りゃわかる。どうせ、食いつめてプルゲ宮で裏の仕事の下働きでもしようってところだろ」

「まあ、そんなところです」

「ついたら荷卸しを手伝ってくれよ。それで乗車賃はタダだ」

 荷卸しだけでは済まないだろうが、歩いていくよりはましだ。

「乗らせてもらいます」

 オレとシュデルが荷台に乗ると、馬車は再び動き出した。

 荷台に乗っているのは、オレとシュデルとリンゴ箱が10箱だけ。

 下ろす手助けは必要ない。

 シュデルがクスクスと笑った。

「そうなんだ。わかったよ」

 小声でしゃべっている。

 箱の中身はリンゴではなさそうだ。

「金髪の少女を知らない?」

 影響下にはいるのが早すぎる。

 相当な力を持った魔法道具だ。

「ここに来るのは初めてなんだ」

 オレは祈った。

 無駄だとは思ったが、あの一言をこの状況では聞きたくない。

「もちろんだよ、僕と一緒に暮らそうね」

 ダメだった。

 武器か、それとも、防具か、護符か、オレの想像もつかない何かか。

 少なくともプルゲ宮に向かう荷馬車にあるのだから、盗難品であることは確かだ。

 荒れ地を進んでいくと壊れた王宮が出現した。

 堀に囲まれた城壁。その先に広がる白壁の巨大な宮殿。

 堀には水がなく、壁は半分以上崩れている。宮殿の屋根の壊れた場所には板が張られ、雨を防いでいる。

 城門を抜けると別世界のように活気に満ちた場所が広がっていた。

 道から溢れるほどに人がいた。

「おら、どけどけ」

 スピードを落とした荷馬車がゆっくりと道を進む。

 道沿いに屋台が並び、食べ物の匂いが流れてくる。

「人がいっぱいいます」

 うれしそうにシュデルが言った。

 シュデルは人が多い場所には行かない。村や小さな町ならば行くことがあるが、大きな街は避けている。たくさん人がいるのを見られるのは、住んでいるニダウだけだ。

「あれ、君は……わかった。ありがとう」

 外の相手と話している。

 動いている荷馬車に乗っていて、影響下における道具となると想像がつかない。

「店長、記憶です」

 ホッとした。

 これ以上、やっかいな道具は増えて欲しくない。

 荷馬車は通りから城の内部に進み、地下へと降りて行く。城の内部というのに通路は広く、馬車が普通に通れる。人通りは多く、騒がしい声があちこちから響いてくる。

 やがて、人通りが途切れ、寂しい場所をしばらく進んだ後、倉庫のような天井が高く広々とした部屋の中に進み、そこで止まった。

 荷馬車の発着場なのか、馬を繋いだ状態の荷馬車が何台か並んでいる。

 そこに6人の男達が並んで立っていた。

「ガキ2人、買ってもらえませんか?」

 御者がもみ手をしながら、男達に言った。

 オレも商品になるとは思わなかった。

 オレの予定では、こっそり街に入る。シュデルに記憶による情報収集させる。『滅竜の籠手』と『セラフィーナ王女』の場所を確認。シュデルに『滅竜の籠手』を影響下にいれさせる。『セラフィーナ王女』をこっそり助けて、逃げてくる。

 少し予定が狂いそうだ。

「それより、例の物はどうなった?」

 6人の中で一番偉そうな男が御者に近づいた。

 蛇のような目をしている。

「運んできやした」

「見せろ」

 御者がリンゴ箱をひとつ下ろした。箱の蓋を開けて、中から紐のようなものを取り出した。

 その正体がわかったオレは叫びそうになるのをこらえた。

『ブラッディ・ローズ』

 金属製の淡緑色の鞭だ。

 400年前の大戦で血塗れの女王と呼ばれたゾーラ女王が愛用した伝説の武器だ。通常は1メートルほどの細い鞭だが、戦闘モードになるとトゲがでる。伸縮自在の鞭から、細く長いトゲが無数に出て、女王が打つ度に血が舞い散ったことから血塗れの女王と呼ばれるようになったという。ローズという名は、トゲに血が触れると鞭本体に薔薇が咲くらしい。

 20年ほど前に所有していた武器収集家が死に、魔法協会会長のガドフリー・トンプスンが遺族から高額で譲り受けた。その直後に盗難にあった。

 盗難品リストのトップに書かれており、オレのような3流の古魔法道具屋でも知っている。

「本物なんだろうな?」

「もちろんでやす。魔力が必要なんでオレっちには出来ませんが、魔法戦士に試してもらいやした。ニュルニュル伸びましたっせ」

「伸びただけか?」

「そいつが言うには、使うのはかなり難しいみたいで」

「貸して見ろ」

 蛇の目の男が鞭を握った。

 普通の服を着ているが、魔力があるようだ。

「なるほど」

 そう言うと、荷馬車にまだ乗っているオレ達を見た。

「降りろ」

「降りると、次の展開が、オレの予想通りだと、金ないし…」

「さっさと降りろ!」

 しかたなく、降りた。

 オレとシュデルが並んだところに鞭が唸った。

「なに!」

 オレとシュデルを打つはずだった鞭は、男の手からすっぽ抜けるようにして宙を飛んでシュデルに絡まった。

「こらこら、くすぐったいよ」

 じゃれるように巻き付く鞭を、クスクス笑いながらなぜている。

 蛇の目の男が大股で近づいてきた。

 鞭が、蛇の目の男の前の床を打った。

 それ以上前に出るなという警告なのは誰にでもわかる。

「…どういうことだ」

 蛇の目の男が、呆然としている。

「すみません。用事があるので、オレ達、ここから出ていってもいいですか?」

 これ以上予定が狂うと、色々と面倒なことになる。

「出られると思うなよ」

 6人と御者がオレ達を取り囲んだ。

「店長」

「なんだ?」

「そこにある青い扉に入ると階段があります。階段を2階分降りて、右に行ってください。3つ目の扉に彼女がいます」

 場所の特定が早すぎる。

「ちょっと、待て」

「ここは僕が引き受けます」

「どうやっている場所がわかったんだ?」

「ここはいい場所です」

 シュデルがうっとりとした表情を浮かべた。

 道具オタクに何かあったらしい。

「わかった。援護を頼む」

 オレは扉に向かって走り出した。

 なぜか、誰もオレを追いかけては来なかった。




「3つ目、3つ目、これか?」

 扉を開けると豪華な部屋が目に入った。

 彫刻が施されたベッドやクローゼット、テーブルに椅子。

 その椅子にレースのドレスを来た少女が座っていた。

「セラフィーナ王女ですよね?」

「わらわを、このような汚い場所にいつまで閉じこめておくつもりぞよ」

 横柄に言われた。

 不幸なことに、オレはこの手の人物によく出会う。扱いは得意だ。

「信じられないくらいの美しい少年が来ています。見に行きませんか?」

「…本当か?」

 あっさりと食いついた。

「この世に存在してはいけないくらいの美少年です」

 断言すると、イソイソとドレスを直して立ち上がった。

「案内せよ」

「はい、こちらに」

 階段を上って、出てきた倉庫のような部屋に入って驚いた。

 オレが出て戻るまで5分くらいしか経っていないはずなのに、様相が一変していた。

 先ほどは6人と御者しかいなかったのに、4、50人の人相の悪い男達がいる。5人くらい床に転がっているように見える。所々、赤くなって呻いているところを見ると怪我をしているようだ。

「店長、お帰りなさい」

 肩から胴に鞭を巻き付けたシュデルが言った。

 真っ赤な薔薇が咲いている。

「あれは…」

 セラフィーナ王女も誰が『美少年』なのかわかったようだ。

「おーい、顔を出してくれ~」

「わかりました」

 頭を振ってフードを落とし、顔に巻いていた布を外した。

「綺麗……」

 抜けるような白い肌に、漆黒の長い髪、銀の目、そして、彩るように咲く深紅の薔薇。

 セラフィーナ王女がうっとりと見ている。

 この様子だと一緒に帰ってくれそうだ。

「おい、兄ちゃん、なんとかしてくれ!」

 男のひとりがオレのところに駆け寄ってきた。

 なぜか、戦う気をなくしている。

「どうかしましたか?」

「あの化け物、どうにかしてくれよ」

 そう言った男が吹っ飛んだ。

 シュデルに絡んでいた鞭が、伸びて殴ったらしい。

「ダメだよ。女の子なんだから、あれくらいは見逃してあげなくちゃ」

 シュデルが鞭をなぜている。

『ブラッディ・ローズ』は女の子らしい。

「頼む、助けてくれ」

 蛇の目の男が悲痛な声で言った。

「何かありましたか?」

「動けないんだ」

 オレを誰も追いかけてこなかった理由が判明。

「後から来た仲間が、そいつを襲おうとしたら、薔薇の鞭にやられたんだ」

 地面に倒れている奴らの正体、判明。

「オレ達は手を出さない。その鞭も持って帰っていい。頼む、その……綺麗な方を連れて行ってくれ」

 ひどく脅えている。理由は不明。

 オレはセラフィーナ王女と共にシュデルの隣に移動した。

「なんかしたか?」

「していません」

 オレとムーが『していない』と言うと敵から『嘘つけ』とか『お前らのせいだ』とか罵倒が飛ぶのだが、なぜか、シーンとしている。

 ここはプルゲ宮

 理由を詮索することより、さっさと帰った方が賢明だ。

 オレは蛇の目の男に、確認した。

「馬車を1台もらっていいか?」

「いい」

「この女の子も連れていっていいか?」

「いい」

「オレ達がプルゲ宮を出るのも、出た後も邪魔しないようにしてもらえるか?」

「する」

「ご協力、感謝します」

 オレは蛇の目の男に一礼すると、よさそうな馬のついた荷馬車を選んだ。

 積んでいた荷物を下ろして、セラフィーナ王女を荷台に案内する。

「これに乗るのですか?」

 眉をひそめた。

「あの美少年も一緒です」

「乗ります」

 王女を乗せた後、オレはシュデルに声をかけた。

「おい、行くぞ」

「わかりました」

 シュデルが数歩、歩いたところで蛇の目の男がオレに叫んだ。

「待ってくれ!」

 振り向いたオレに、必死の形相で言った。

「鞭は諦める。他は持って行かないでくれ」

「他?」

「そこの魔法道具だ!」

 蛇の目の男が壁を指した。高くそびえる壁には2メートルほどの高さのところに、通路のようなものが作られていた。グルリと部屋を一周する通路。そこにビッシリと魔法道具が並んでいた。

 倉庫サイズの部屋一周分、数にすれば、百を越えている。

「あれは?」

「あのガキ……じゃなくて、綺麗な方が呼んだんだ。『おいで』と。そうした、プルゲ宮にある強力な魔法道具が集まってきたんだ!」

 オレが部屋を出るときシュデルが『ここはいい場所です』と言った理由が判明。

 強力な魔法道具達がたくさんいることに気がついて、ご機嫌だったというわけだ。

 とりあえず、オレは蛇の目の男に聞いた。

「どうしましょう?」

「何でオレに聞くんだ?」

「あの美少年に聞くとですね『連れて帰る』というに決まっているからです」

「兄ちゃん、ふざけんなよ!あれがなくなったら…」

 鞭に吹っ飛ばされた。

 背中から血を流しているが、軽傷だ。

 オレは振り向いた。

「まだ、話し中だ。邪魔するな」

「ほら、怒られた。いい子だから、今は暴れないでおくれ」

 鞭が勝手にやったらしい。

 オレは転がっている蛇の目の男の側に屈み込んだ。

「話の続きをしたいんですが」

「頭目とやってくれ」

 戦意喪失らしい。

「頭目さんはどちらに」

「あそこの扉のところだ」

 見ると、大柄な男に囲まれた小柄な男がいた。50歳くらいで革の胸甲に鉄の籠手、曲刀を腰の左右に1本ずつ指している。

 オレが近づいていくと、大柄な男達が前に移動して壁になった。

「どいてろ」

 頭目は迫力のある声で男達をどけた。

「兄ちゃん、道具は置いていってくれないか?」

「オレも置いていきたいんですよ。でも、あそこの美少年に言っても無駄なんで、いいアイデアがないかと思って、相談しているわけで」

「兄ちゃんの関係者なんだろ。てめえで始末をつけろよ」

 オレは一歩詰め寄った。

「オレとしては、あれを全部連れて出て行ってもいいんですよ。そちらさんの都合もあるかと一応声をかけているだけなんです」

「聞いたかい。みんな、一緒に帰れるよ」

 シュデルの喜びの声に、壁の通路にいた道具達がガチャガチャと動いた。

「みんな荷馬車に乗って…」

 オレは慌てて、手を振ってシュデルをとめた。

「ちょっと、待て」

「どうかしましたか?」

「いまのは、交渉術で本当に連れて帰るとは…」

「嘘をついたんですか!」

「とにかく、今は動くな、道具達も動かすな。何もいわず、黙っていてくれ」

「でも、そろそろ乗り込まないと」

「ちょっとだけ、待て」

「わかりました」

 ものすごく不満そうに言った。

『待て』は、長くは持ちそうもない。

「頭目さん、このままだと連れて帰ることになりますが、どうしますか?」

「こいつが見えないのか?」

 頭目が右腕をあげた。はまっているのは、鈍色の籠手。

「もしかして、それは」

「そうよ、こいつが『滅竜の籠手』よ」

「それがあれば、あの道具達を押さえつけられるんですか?」

「あの細っこい少年なんて、こいつで…」

 笑い声が響いた。

 シュデルが楽しそうに笑っている。

「冗談はやめてください。『滅竜の籠手』は」

 シュデルが右手をあげた。

 壁をぶち破って、飛んできたのは鈍色の籠手。スピードを殺さず、そのままシュデルの右腕に収まった。

「よくきたね。君の声はこの街に入ったときから聞こえていたよ」

 左手で優しくなぜると『ブラディ・ローズ』が甘えるようにシュデルの左腕にからまった。

「店長、こちらが本物の『滅竜の籠手』です」

 頭目が口をパッカリ開けて見ている。

「『滅竜の籠手』は、美少年の手に落ちたみたいです。他の方法を考えてください」

「…おい、兄ちゃん、なんとかしろよ」

「こちらにくる前に、プレゲ宮では好きにやっていいと言われて調子に乗っているんです。早くしないと、道具がもっと集まってきます」

「オレ達があれだけの魔法道具を集めるのに、どれだけ苦労したと思っているんだ。この街にいるやつらの、血と汗と涙の結晶なんだぞ」

 オレを泣き落としにかかった。

 頭目にシュデルを止める方法は持っていないようだ。

 しかたなく、オレはシュデルの方に移動した。

「道具達のことなんだが」

「全部連れて行きます」

「お前なら、そう言うよな」

「はい」

「でもな、店にこれだけの道具を置く場所は…」

「トンネルが…」

 慌ててシュデルの口をふさいだ。小声で耳打ちする。

「隣にいるのが誰だと思っているんだ」

 セファン王国のセラフィーナ王女。

 店の地下にあるトンネルはセファン王国から希少な金属を盗むために使われたものだ。

 善良で真面目なオレはいつか金ができたら埋める予定でいるが、今のところその金ができる見込みがない。

 シュデルも気がついたらしく、うなずいた。

 口を押さえた手を放す。

「いいか、物事には順序があるんだ。オレ達がこの街に入る。王女様を連れて逃げようとする。悪者がでてきて、オレ達が逃げるのを邪魔する。オレ達は苦心して、ここだ、苦心して、王女を連れて逃げることに成功する。そしてハッピーエンドだ。わかるか?」

「わかりません。僕たちが街に入る。道具達が僕のところにやってくる。店長が王女を救い出す。みんなで帰る。これでいいと思います」

 シュデルの脳を埋め尽くしているのは、ここにいる道具達との楽しい生活だ。だが、オレとしてはこれらの道具が桃海亭に来るのを認めるわけには行かない。

 ここにある大量の魔法道具は、全部盗品。

 オレの力量じゃ、処理できない。

「大丈夫です、店長。この街はもう終わりですから、どんな魔法道具があったかはわかりません」

 全部、猫ババする気だ。

「終わりって、簡単に言うけどな」

「ほら、『滅竜の籠手』はここにあります。この街を守るものは何もなくなりました」

 シュデルの言葉に、頭目をはじめ、盗人のみなさんは、我にかえったようだ。

 このままシュデルを街から返すと、プルゲ宮はなくなる。

 頭目が声を張り上げた。

「やっちま…」

 たぶん「え」があったのだろうが、それを言う前に気絶した。

 頭目だけじゃない。オレとシュデルと王女をのぞいた全員が意識を失っている。

「これで邪魔はいなくなりました。さあ、帰りましょう」

 シュデルの指揮のもと、道具達は順番に荷馬車に乗り込んだ。動けない道具は動ける道具が手助けして、奥から荷馬車に入っていく。その間も

シュデルはセラフィーナ王女の相手を忘れなかった。微笑みながら、セラフィーナ王女の話に、相づちをうち、優しい言葉を返していた。

 道具が全部乗りこみ、出発の準備が整ったとき、王女がいた部屋の方の扉が開いた。

 目を見張るほどの美青年が入ってきた。

「セラフィーナ!」

 絹のような金髪、マリンブルーの瞳、整った顔立ち。

 右手にリュートを持っているところをみると、駆け落ちした吟遊詩人らしい。

「どこに行くんだ!」

 セラフィーナ王女は吟遊詩人を見た。そして、次にシュデルを見た。

「セラフィーナ、私だ!」

 焦れて叫んだ吟遊詩人に、セラフィーナ王女は冷たく言った。

「どなたですの?」

「私がわかないのか」

「知りませんわ」

 そっぽを向いた。

 美形のレベルが価値を決めるらしい。

「セラフィーナ……」

 王女を説得できないと悟ったらしい吟遊詩人は、シュデルに近づいた。

「君はセラフィーナのことを…」

 倒れた。

 気絶しているようだ。

 犯人がオレを見た。

「店長、よろしいでしょうか?」

「そろそろ出発するか?」

「いえ、いま吟遊詩人が来たことで出発の時間が遅れました。でも、そのお陰で良いことがありました」

「何があったんだ?」

 シュデルが部屋の入り口を指した。

「彼が来ました」

 開いた扉のところにいる『彼』が、オレ達の方に近づいてくる。

「まさかと思うが」

「一緒に帰ります」

「『彼』を荷馬車に乗せる気なのか?」

「もちろんです」

「無理だろ」

「みんなに協力してもらって、ちょっとだけ場所を開けてもらえれば大丈夫です」

 シュデルは『彼』と帰ることをあきらめる気はない。

「ダメだ、ダメだ」

「帰るんです」

 目が座ってきた。

 こうなるとシュデルは絶対に引かない。

 オレは諦めた。

 魔法道具100個以上をシュデルが自由に動かせる状況で、オレに勝ち目はない。

「勝手にしろ」

 オレは投げやりに言ったが、シュデルは気に留める様子もなく『彼』に抱きついた。

「さあ、一緒に帰ろうね」

 通常より2周りは大きいそれは、巨大な鉄製の棺だった。

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